”貴鬼・・・よく聞くのです。
お前も数々の聖戦を生き抜いて・・・女神の聖闘士の雄姿を見たはず・・・
それに負けないくらいの・・・立派な聖闘士になるのです・・・
みんなが命を懸けて守り抜いたものを、お前も必ず・・・”


ムウが最後に残した言葉に、ただ泣くことしか出来なかった自分を貴鬼は思い出した。
何の聖戦の時だって
師匠や他の聖闘士に庇われてばかりいた幼い自分を思い出すと
チクリと胸の奥が痛む。



あの時はまだ師匠の弟子で”おまけ”なんて呼ばれていた俺も”立派”(周りはそう言ってる)な黄金聖闘士の1人になって
聖衣の修復も一人前に出来るようになったし、歳も早いもので18になった。


けど内にかかえている思いは昔と何もかわらず・・・
俺は強くなったのだろうか?・・・この聖域を守る黄金聖闘士に相応しいほどに、さんを守れるほどに。
俺は聖域をあの頃のように、一番大好きだった時代のように戻せるだろうか?

答えも見つけられず、
時間だけが残酷に過ぎていく。
どうやったって戻れないくらいに、『あの頃』から離れていく。






+++ そして静かに動きはじめる +++








いつも通り貴鬼は休む前の見回りで聖域を確認していた。
アテナ像からずっと階段を下りて、今は殆どが無人の各宮の長い廊下を抜けて
自分の守護する白羊宮まで戻ってくる。

途中何人かの兵士とすれちがっただけで
いつも通り異常なく見回りを終えたとおもったのだが・・・

白羊宮に戻って来た時、いかにも寂しげな人影に遭遇した。
崩れて風化し始めてる柱に腰掛けて夜空を見上げている。

さん・・・?」
俺の師、ムウの恋人だった人。

「あ、・・・貴鬼君・・・。こんばんは。」
久々に顔を合わせた貴鬼には見惚れた。
幼い頃から面倒を見てきた貴鬼がいつの間にこんな逞しくなったのだろうと・・・。
茶色の髪は前髪が伸びて、吹く風がさらさらともてあそぶ。
子供らしさのあった顔の輪郭も、知らず知らずに精悍さが増して、大人になろうとしているのがみてとれた。
唯一昔を思わせるのは、目元であろうか。
とても澄んでいて、そこらへんはかつての恋人ムウに似ている気がした。
まだ少し体の線が細い気がするが、腕の筋肉のつき方だとか古傷が戦士であることを証明している。
シオン、ムウと受け継がれたアリエスの聖衣を貴鬼が纏っているのが、
何年も前から見ているのに、今更ながら不思議に感じた。

「君はやめて。・・・それよりどうしたんですか?」

貴鬼もが眩しかった。
年をとることを忘れてしまったのかと思うほど、年月の流れをその姿からは感じ取れなかった。
「何だかね・・・眠れなくて・・・。」

冷え込む空気のせいか、胸の前で両手を擦り合わせる仕草。
昔から見ているとかわりない。
「そうですか・・・。」





いつもより雲の多い夜空
隙間から何にも犯されない星々が聖域に光を届ける
「今日ね、・・・慰霊地に行ってきたの。」
「皆さんとお話してきたんですか?」
「うん・・・。」
「ムウ様とも?」

「・・・貴鬼君頑張ってますって報告したよ。」


本当は違うのでしょう・・・
”今も愛している”と涙を流したのでしょう?
貴女と生きてきた俺には嘘をつかなくていいんだ。


「最近ムウのお墓にはいってないの?」
「この間、顔を出しました。」
嘘をついた。悲しみも苦労も誰より分かち合いたいと思ったこの人に。

雲の切れ間に星座が姿を現した。
その輝きが眩しすぎて
今の俺には向かい合うことが出来ない。

ハーデスとの聖戦で1度は死んだ聖闘士たちも女神の力で復活した。

だけど、その後も聖戦は何度かあって
その度にみんな女神を護るために、死んでいった。




女神を、聖域を、そしてを・・・守ろうと
この10年
貴鬼は奮闘してきたが
未だに思うような成果を得られない事に
焦りを感じていた。


師匠に会わす顔などない。



のけがれのない眼差から堪えきれず視線を逸らした。
さん・・・本当は、ずっと会いにいっていないんです。」
「わかってる・・・」
癒すような微笑みに、戸惑いをおぼえる。
さん・・・?」
「ねぇ、貴鬼?ムウはちゃんとわかってる。貴鬼がこの聖域を
あの頃のように、みんなが生きていた時の様な場所にしようと頑張っていることを。」
「・・・でも俺には出来ない・・・。」
握り締めた拳に力がこもる。
「出来なくないよ。現にかわりはじめてる、聖域が。私にはわかるの。」
「俺の力じゃない・・。教皇サガ様と双子座のカノン様の力だ・・・。」
「サガもカノンも、貴鬼はよくやってくれているって影では言ってるのよ?」
「確かに俺はムウ様が死んで以来、懸命になってここまできた。
苦しい修行にも耐えて黄金聖闘士になって、聖衣の修復も上手くなった。
でも、どんなに努力してもムウ様たちがいた時のような聖域には出来ない。
俺はまだ黄金聖闘士として、何の使命も果たせてないんだ・・・。」
風が伸びすぎた前髪を揺らした。

「もっと、もっと強くなりたいんだ・・・!」
さんに弱音を吐いて、俺は子供の時のように慰めてもらおうとでもしているのか?!
でも”強くなりたい”その気持ちは本当で。

俺は強くなってこの聖域をかえたい。
いや”元に戻したい”と言った方が自分の気持ちに正直だろうと思う。
最強の護り手を失ったこの聖域、『静』というよりは、『廃』という表現が近い。
それが自分の聖闘士の頂点である黄金聖闘士である自分の不甲斐なさが招いていると思うと・・・・。

アリエスの聖衣よ・・・
おいら、まだ本当は子供なんだよ。
聖衣を纏う資格なんてないんだ。
その黄金の輝きが眩しすぎるんだよ・・・
正義の光でおいらの心の奥底覗かないでよ!!

強くなろうと決めた時に消そうとした幼い自分が心の奥から悲鳴をあげてる。



「貴鬼君、大人になったのね・・・。そんな姿に励まされて生きていられるよ・・・私は。」
さん・・・」
「ここ何回かの聖戦で私の知っている黄金聖闘士のほとんどが死んでしまったわ。
今生きているのはサガとカノンだけ・・・。みんなが亡くなったのもショックだったけど、
ムウが死んだ時は立ち直れないかと思った、本当に。」

そう言っては夜空に視線をうつした。
「でもね、まだ子供だった貴鬼くんがサガやカノンの力をかりて・・・ううん、何より自分の力で
強くなろうとしてた姿に勇気づけられてここまでこれた。」





「でもね貴鬼君、無理しないで?昔は昔、貴鬼君はあなたの生かされているこの時代をそのまま
歩いていけば。」

おねえちゃん?

「昔の楽しかった頃を再現しようなんて、無理しないで。聖域はかわりはじめてる、確実にね。
でもそれは皆がいたあの頃じゃない。貴鬼君、あなたの時代になってきてるのよ・・・。」
「ほんと・・・に?」
「本当よ。」
何だか”この人は何でも見通してる”、そう感じた。
「君のままで・・・ね?上手くいえないけど。頑張りすぎてるあなたを見てると・・・
昔の貴鬼君の面影が全然感じられなくて、それがさびしかったりするの・・・」
さん・・・」


(貴鬼よ・・・!)
脳内に響く声に、貴鬼は背後に広がる夜空を振り返り小宇宙を探った。
「カノン様!」


そう、声の主はカノン。

「ひさしぶりだね、カノン。」
か?)
「任務は?」
「そう!どうだったんですか?!」
(フ・・・・せっかちなところは似ているな。)

もらした笑いが何だかとてもカノンらしくて、今自分たちが求めている明るさのような気がして
妙にふたりの心に残った。

しんみりした夜がちょっと救われた、貴鬼はそう感じていた。

(間違いなかった。・・・・新しい黄金聖闘士が見つかった。)
「・・・やったっ・・・・・・!」
(とは言っても、当分候補生だがな。)


はほぉっと安堵した。

新しい黄金聖闘士は今の聖域が求めてやまないもの。
数週間前、ほんの一瞬大きく膨らんだ小宇宙を女神とサガが捉え、その話だけを手がかりにカノンは
小宇宙の主を探しに任務という名の旅に出かけたのだった、聖域の希望を背負って。

カノンの口調の柔らかさが、任務が成功した事をよく物語っていた。

(で・・・お前の出番だ。)
「オイラの?」
(そうだ、俺はもうクタクタだ・・・・このチビを聖域につれて帰らねばならないのだが
脇にかかえて光速移動は体力を消耗しすぎる・・・・)
「テレポートですか?」
(やれ。)
「えーーーーっ・・・・・」
(聖域についてからだって、報告だの何だの色々あるんだ。俺が疲れれば疲れるほど
こいつとの対面が遅くなるぞ・・・・)
「わかったよ・・・・オイラだってふたり分のテレポートは小宇宙の消耗激しいんだ・・・・」
(やれ。・・・・?)
「くすくす・・・何?」
(飯の用意を頼む。)
「あら・・・。おじさんこんな夜中にモノ食べたらお腹出るんじゃない?」
(うるさい。サガ同様肉体美は健在だ・・・・)

『はいはい』と手をヒラヒラされて、さんは双児宮へと向かう。


「じゃ・・・貴鬼君、食事の用意してくるからカノンが帰ってきたら一緒に来て?」
「はいっ。」
「久しぶりに賑やかな食事になりそうね。」
「それと、」

「                      」

「ね?」
「・・・・はい。」

さんはやさしく微笑んでいたけど、合わせた視線は念を押すようだった。
オイラは何だか照れてしまって、さんが階段を上っていってだいぶたっても前髪をひっぱったりして
カノン様の事を忘れて、耳元でそっと囁かれた言葉を心の中で繰り返していた。



『ムウに会いに行ってやって』か・・・

先代の黄金聖闘士たちが
あまりにも偉大すぎるから
俺たちがいくら頑張って女神に従っても
自分がちっぽけに思える


おねえちゃん?
おいらがあの時代に拘るのは、曇りのないおねえちゃんの笑顔がみたかったからなんだ。
でも、そんな心配しなくていいんだってわかったから。

悲しみも苦しみも自らの力で乗り越える。
ムウ様が死んでから、ふたりで寄り添って、時には手を引っ張ってもらって。
たぶん、今日はじめておねえちゃんにさらけ出せたんだと思う、
捨て去ろうともがいていた甘え、弱さ。



(貴鬼、まだなのか・・・?)
「うわっ、ゴメン!じゃない、スミマセン!!」
貴鬼はまだ姿の見えないカノンに勢いよく頭を下げた。

ぎゅっと閉じた目を、片方ずつ恐る恐る開いてゆく。
申し訳なさだけではなかった。
目上のカノンに対する失敗と、さっきまでのとの会話を回想する。
久々に本当の自分を解放した気がした。

”ムウ様に会いに行こう・・・!”
そう思いつつ、カノンを呼び戻す為に小宇宙を高める。
見上げた空は、先程よりも雲がはれて・・・
自分を迎えるムウのあの微笑を守護星に重ねて思い浮かべた。