「もう・・・ミロったら。どうしておしえてくれなかったの?」
「もう怒るなって。」

が俺を責めるのは恋人なら当然、かもしれない。
聖域にきて1年もたたず、俺と付き合いだして間もないは今日が何の日か知らなかったのだ。




「誰かおしえてくれてもよさそうなものなのに・・・」
「人の誕生日なんていちいち覚えちゃいないさ。」

それは半分は本当で半分は嘘。
何食わぬ顔でそういいながらオレンジ色のセロファンにくるまれた透明な瓶を、フルートに傾けた。




「カミュもシャンパン用意してくれるくらいなら、おしえてくれれば・・・」
「気がつかなかった罪滅ぼしだろ。」

普段は無表情で人の事には深く関わらないカミュだが、日頃の恋愛相談と


に俺の誕生日をおしえるな』

この言葉から俺が何か企んでいると気がついたらしく、シャンパンとグラスを天蠍宮に届けに来たのだった。
『健闘を祈る』というセリフとともに。




「気がききすぎ・・・」
「へ?」
「いや、何でもない。」

ふう・・・。

何が『気がききすぎ』なのかつっこまれるかと思ったが、気にもとめなかったようだ。
恋人の誕生日を満足に祝えなかったのがそんなに無念なのか。
愛されてる証拠ということで、それはそれで嬉しいが。


「プレゼントは、ごめんね。用意できなかった。」
「かまわないさ。」


『本当はケーキも手作りにしたかった』と不満を漏らしたが、ようやく諦めがついたのか
余程ケーキが美味いのか、フォークが口に運ばれる度、表情が緩んでいく。

が、の不機嫌を吹き飛ばしたのは、ケーキより料理より何より、

「それにしても、ホントおいしいね。」

このシャンパン。

素直に感動するに、俺も嬉しくなる。
カミュに感謝。




「クリスタルっていうの?」
「そう。」


「豪華だねぇ。黄金のラベルだよ。ひょっとしてカミュ、黄金聖闘士にかけてこのシャンパンえらんだのかな?」
「いや、違うな。こういう記念日にはよく用いられるんだ。味もいいし、華麗でインパクトがあるから。」
「ふーん。ミロってシャンパンに詳しいんだ。」

『全然』と答えようとして、思いとどまった。







実は俺には今日手に入れたいものがある。
問題は、どうやって『ほしい』と切り出すか、言い方とタイミングだ。
どうしても欲しいと言いつつ、成り行き任せでいこうとしか考えてなかった。
そんなところにチャンスが向こうからやってきたではないか。



「それなりには。」



ここは『恋の媚薬』を利用してみるか。




「シャンパン本来の楽しみのひとつに泡がある。フランスでは、泡を星に見立てて『星を飲む』とも言う。」
「へ〜」
「グラスの底から細かい泡が立ち上るのは、たしかに綺麗だな。」

フルートの中の泡を眺めるの横顔を、俺はチラっと盗み見た。




「こうやって・・・ふたりで飲んで。翌朝グラスに残ったシャンパンから最後の泡が立ちのぼる。
そのくらい泡が長く出続けるのが理想だとか・・・。」

その光景が頭の中で絵になって広がる。
明日の朝、グラスに残ったシャンパンから、泡が立ち上り、
ついでに、傍らで心地よい疲労感にシーツを巻きつけて眠る男と女の姿まで。
男女が誰かは言わずもがな。



俺の想像など伝わるわけもないから、
その後もはシャンパンのうんちくに『へ〜』とか『そ〜なんだ』を連発し、心底納得したように頷いた。
可愛い表情にこっちの顔もほころぶのだが、目的を忘れたわけではない。


俺はの酔いがまわらない内に勝負に出る決心をすると空になったグラスを手に取り、
半分くらいまで再び注いだ。

「それともうひとつ。」








「男が女にシャンパンを飲もうと誘うのは「君と寝たい」という意味がある。」











グラスに手を伸ばしたの表情は、ドキンという心臓の音が俺にもはっきり聞こえるくらい、
一瞬のうちに変化した。

今更手を引く訳にもいかず受け取る







・・・今夜は君を抱きしめたまま、裸で眠りたい。」


の声がききたくて、俺は首を傾げてみせた。
とてもまともに見詰め合うことができないのか、視線を逸らす。
そんなふうに恥らう姿が余計欲望に火をつけるというのに。


「それが俺が受け取りたいプレゼント。」



もう気がついただろう。

誕生日を忘れていたのではなく、プレゼントを用意させないため、わざとおしえなかったことに・・・






俯いてしまったのは、急だったから?
それとも俺と同じように、もそうなることちょっとは望んでた?
とてもイヤそうには見えないから・・・


困ったようなテレたような表情をするをぎゅっと抱きしめると、口付けを交わしながら寝室へ向かう。





ドアの隙間から、明かりとの声が漏れて。










明け方には、俺の望みどおり裸のまま身体を寄せ合って眠った。