さわやかな秋晴れ、それはそれはとても気持ちのいい日で。
「ミロ、これお願い。そっちのダンボールに入れておいてくれる?」
「オッケー。」
沢山用意したダンボールを組み立てては中に荷物を詰め込んでいく。
私とミロはジーンズに長袖のシャツという同じカッコをして
作業をこなしていった。
「わけわかんない物あると思うけど、てきとーに詰めてってね?」
「おー・・・。」
背後でミロの声がきこえた。

いっぱいになったダンボールをガムテープで軽く閉じて、側面に『ドレッサー』とかいた。
私が作業している場所は寝室で、見られるには恥ずかしい下着などを自分で片付けるため。

でもそんな作業というのは必ず、懐かしさに中断されるもの・・・。
クローゼットからみつけたもの、それは黄ばんだお菓子の箱だった。
「あ・・・。」

ふたを開けてみると、中にはギリシャ語の手紙と赤いガラスのついたおもちゃの指輪が出てきた。
(大事なものなのに、こんなところにあったのか)
決して忘れていたわけじゃない。
これはまだ私とミロが幼かった頃の記念品。


は中腰になっていたところを、ぺたりと床に座り込み作業を中断した。
親指と人差し指で指輪をクルクル動かしながら、頭の中は完全に回想モードに突入してしまった。



(これをミロからもらった時は、まだふたりの関係・・・・許されてなかったのよね・・・。)





+++





別に秘密で付き合っているつもりはなかった。
ただ父が、ミロと私が一緒に過ごしている所を目にする事がなかっただけで。
だから、ミロとの事がバレたあの日、あんなに怒るなんて思いもしなかった。


「この・・・・この・・・・このくそっっっったれ小僧があぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
仮面をつけた教皇、私の父はあらん限りの力でミロを吹っ飛ばして床にたたきつけた。

「ぐっ・・・・・!!」
「ミロっ!やめてっ、お父様っ!!」
「人の大事な・・・・大事な娘に・・・・!!許さんぞっ!!」
「・・・・・っく!!」
「やめてよっ!!」

よろよろと体を起こしたミロ胸倉を掴んで締め上げる。
「教皇、俺は本気でを愛しています!」
「愛?貴様のようなやつから愛などいう言葉ききたくないわ!」



「私情で聖闘士の称号も、黄金聖闘士の位も剥奪する事はできん。それだけは許してやるが・・・、
二度とに近づくでない!!」
「出来ませんっ!!」
「黙れっ!」
との事認めていただけるまで、俺は何度でも貴方に許しを請いますっ!!」
「無駄だ・・・!絶対に許さん!!」

ミロは宮を出て行こうとする父に回り込んで必死に頼んだ。
でもいくらミロが『認めて欲しい』と言っても、手を振り払うだけで。
ついには壊れる勢いでドアを閉め出て行ってしまった。




+++




・・・・もう泣くな・・・・。」
「だって・・・だって、ひどいよ・・・。」



「結局許してもらえなかった・・・・。っ・・・っ・・・・ミロは・・・あんなに懸命になって、私たちの事・・・」
「大丈夫だ・・・・今はあんなだけど・・・もうちょっと落ち着いてお互い冷静になれば、」
「大丈夫じゃないっ!!『二度と近づくな』って!!・・・言われたわ・・・・っ・・・っ・・・!!」
「俺だって、納得いかないけど・・・・・そのうちきっと認めてもらえる。俺がもっともっと今以上に
強い黄金聖闘士になって、男としてもをちゃんと護れるようになったら、教皇も
わかってくれると思う。」
「そんな遠い先の事?私待てそうにない・・・・会わないで過ごすなんて・・・・、」
「今までみたいに会ったりは出来なくなるけど、これからは見つからないように会いに来るから。」
「本当・・・・?」

「愛してるから・・・・俺、いくら教皇の命令だって『をあきらめる』『会わない』この約束だけは
出来ない。するつもりもない。」
「ミロ・・・」
「教皇の気持ちもわかるんだ。聖闘士はアテナのための存在だから他の女性を愛を誓っては
いけない。これを破ったんだから怒って当然だろう?」
「・・・・・・・。」
「そして何より、一番大事な実の娘のように可愛がってきたを・・・・とられたんだから。
怒って当然なんだよ。」

、これ。」
「これは?」
「お守り、会えない日があっても泣かないように。」
ポケットから取り出したのは赤い石の指輪だった。
月光をうけて静かに輝いている。

「いい、の・・・・・?」
「おもちゃだけど・・・・。これをもっていればいつも一緒だ。」
おもちゃとはいえ、指輪を受け取る事に特別な意味を感じずにはいられない。
「ミロ・・・ありがとう。」
「俺にもお守りくれる?」
ミロの瞳に甘い光が宿る。



そう言ってミロはそっと触れるだけのキスをした。
そのお守りが効いたのか、お互いを想う気持ちは何もかわることがなく。
バレないように、こっそりと・・・・会い続けた。

お父様は頑固で聖闘士と教皇としては事務的な話はしたけれど、
ミロと個人的に話をすることはなくなった。

いつふたりの関係をみとめてもらえるのかと、私はかなり苛立ったりした。
それをミロが辛抱強くなだめて、ふたりの関係を静かに育んでいった。

12宮の戦いが終わっても何もかわらなかった。
でもそれは、その時すでにお父様はこの世にいなかったからで。

反対される事がどんなにつらくても、父様がいないのはさらにつらかった。
もう二度とお父様に会うことは出来ないのだと。

返事はわかっている、でも聞いてみたかった。
ふたりはお父様に祝福されるような関係になれたのかと。
それともあの世でも、まだ怒っているのかと・・・。


それを思いがけず聞く事が出来たのはハーデスとの戦いのときだった。



+++



・・・・・」
「お父様?お父様っ!!しっかりして!!」
「お前は無事なのか・・・・・くっ・・・!!!」
「私は大丈夫よ、ミロが護ってくれたから・・・・。」
「・・・・そうか。」


「それより、」
「あの小僧が・・・・逞しくなったのか・・・。地上もお前も・・・護れるくらい・・・・・」
「お父様・・・?」

「本当は、認めておったのだ・・・・。あの時すでに・・・・」


「もっと早く認めていれば・・・・・お前に悲しい思いをさせることもなかっ・・・・っ・・・・!!」
「父様っ!!・・・・・どこへ行くのですかっ?!」
「日が昇りはじめた・・・・。・・・・友のもとへ行かねばならんのじゃ・・・・。
童虎に伝えねばならん事が・・・っ・・・・あるのだ・・・・・。」
聖衣の上から胸を押さえ、よろよろと立ち上がった。
「お前はここにいて・・・・すべてを見届けるのだぞ・・・・!!」
苦しげに言葉を、残して。

仮面をつけていない顔は初めて見たのに、シオンお父様の顔が懐かしいと感じた。
この笑顔でずっとずっと見守ってくれていたのかと思うと、涙が出そうになった。

父様はきっとこう言いたかったに違いない。
『もっと早く認めていれば、聖戦で離れ離れになるさだめでも悔いのない時間を過ごせたはず』だと。
でも、もういい。
もっと大きな事があるから。
父様とミロたちが命をかけたこの地上、ミロが護ってくれたこの命。
大切にしなければならない。
たとえ、みんなを思い出して泣く日があっても。








でも奇跡が起きた。
二度とかえらないと思っていた人たちが戻ってきた。
ミロも父様もアテナも黄金聖闘士のみんなも生き返って・・・・
聖域がようやく落ち着きを取り戻すとふたりのことを祝福されて・・・・

父様は言った。
私に向ける笑顔と同じくらいの、優しい表情で。
を・・・・頼んだぞ。ミロよ・・・。」
その言葉に、ミロは「命にかえても・・・!!」と片膝をついた。
私は涙が溢れて止まらなかった。














+++



「・・・・?・・・?」




?」
「ん、あ?・・・・わっ。」
私の様子を窺いに来たミロが肩を叩いた。
ミロの声でミロの思い出から優しく引き戻された。
「なに見てたの?」
「これだよ。」
折りたたまれた紙だけでは反応のなかったあなたも、おもちゃの指輪でやっと気がついたらしい。
「まだ持ってたんだ。」
「そりゃ。」
私の後ろから覗き込むミロのくせっ毛が私の髪にふれた。
ついでにちょっと高めの体温も、体が触れ合っているかのように感じている。
昔よりも、私よりも、
その背も肩幅も手も・・・・大きくなった。
逞しくなったその腕でしっかりと私の事も護ってくれている、十分すぎるくらいに。

でも月日が過ぎても、体みたいにはかわらないものがあって。
愛。

いつまでも私に届いてる。
まっすぐに。
強く。
穏やかに。

「あの頃俺は夢を見ていたんだ。」
ふわりと抱きしめる腕に胸に、体をあずけた。
「どんな?」
「お姫様と結婚する夢。」




そう、私の夢とあなたの夢がひとつになった。




叶えられる夢をてにいれたんだ。



いつかずっと一緒にいられるっていう・・・。







「それが現実になって嬉しい。」
「そう言ってくれると嬉しい。」
通じ合う気持ちに、くすり笑いあう。
腰にまわされていた両手が私の肩をさすりはじめる。とても心地よい。
「明後日からの全部が俺のものになるんだな。」
「それはどんな気分?」
を今まで以上に愛せるってことだ、ほら、こういうふうに・・・。」
そう言って首筋に唇を押し当てる。


その柔らかい感触に浸りたいと目を細めると、意地悪なタイミングでミロは唇を離してしまった。
「ほら。これからなこんな瞬間がいくらでもある。」
そう、そのためにもこれらを片付けてしまおう。
「そうだね。」
私の肩にポンと手をおくと、ミロはまた自分の持ち場に戻っていった。











手に持ったままのおもちゃの指輪は再び箱にしまう気にはなれず、
左手の薬指に重ね付けしてみた。
少しさびた金メッキは新品のプラチナリングにはかなわないけど、とてもキレイに見えた。
手首をクルクルさせて赤いガラスの輝きに満足すると
私も周りに散乱した服をダンボールにつめ始めた。

私とこれらの荷物の行き先は長い階段を下った天蠍宮。











明後日、私たちは結婚します。