「・・・?」



?」



真夜中目を覚ました私は、腕の中にあったはずの温もりを探して何度か名を呼んだ。
けれど返事もなく、かわりに聞こえてくるのは
時を刻む音と


・・・・・」

心が沈む音だけだった。




----そうだ、お前はもういないのだったな・・・・。







〜 数億光年の距離 〜







毎晩どうやら同じ夢をみているらしい。
それは君が私と一緒にいて幸せそうな表情で微笑みかけてくれるのに、ある日突然いなくなってしまう。
そして絶望する私に
『どうしたの?私はずっとここにいるわよ?』と、・・・・おかしそうに笑う。
そんな君をきつく抱きしめて安心する夢。

『二度と離すものか』そう誓って、目が覚める。

あまりに幸せで、夢であることを一瞬忘れてしまう。
そして心が沈む。


幸せなど、とうの昔に捨てたはずなのにどうしてだろう?

未だに広いベッドの隅で寝てしまう。
君の分のスペースをあけて。

片腕を伸ばして寝てしまう。
かつて腕枕をした事があったように。








こんな私には『幸せ』の資格などないはずだろう。
ないと悟ったからこそ、君を捨てたのではなかったか?







       + + +



最近重症なくらいに、君の事が頭から離れないのは季節のせいだろう。
別れを切り出したあの季節がもうすぐやってくるから。
そして、巡ってきてしまったら



、君という人が決定的に過去になってしまいそうだから。




『コップの中の水を捨てろ』と誰かが例えたのを思い出す。
正解だ。
君との思い出を封印して忘れてしまえば楽になるのだと思う。

けれど私は恐れている。
自分の中でまで君の手を離してしまうことを。











「サガ、いい加減その溜息はやめてくれ・・・」
「・・・!・・・・すまん。」

カノンと私、2人きりの執務室。


「あいつがいなくなって、もうすぐ1年か・・・。」

最近の私の様子から、何を考えているのか彼には手に取るようにわかってしまうのだろう。


「ふっきれたかと思ったのは最初だけだな。その後は溜息が増える一方。
纏っている小宇宙まで辛気臭くなりやがって、カビが生えそうでイヤになるぞ。」

カノンはタバコをふぅっとはき出す。



「・・・いい加減認めたらどうだ?」
「何をだ?」
「お前が、なしでは生きられないという事をだ。」
「・・・、そんな事は・・・・」
「何故、捨てられんものを捨てようとする?それとも、」

煙が、ゆらりと揺れて空気に消える。

「もう愛してないなどと言うつもりか?」





に対するお前の気持ちなど所詮その程度のものだったという事か・・・。
答えろ、サガ。・・・なぜを捨てた?」

その理由をきいて今更何になると奥底では思っていた。
カノン、お前には関係なかろうと。


「彼女との愛を貫けるなら、神の罰さえ恐れない。私の愛の証明となるならば、この命さえも差し出そう。」

黙っていられなかったのは、
彼女への真心だけは、疑われたくなかったから。

「だがカノン、それでは余りに自分が許せないではないか。
自身の精神も欲もコントロール出来ず、多くの人々を散々苦しめた私に罪を償う以外、今ここに生きる何の理由があろう。
自らの野望の為に拳を振り上げた瞬間、私はすべてを捨てたのだ。」



「今でもを愛している。思い出さない日はない。
がいないと生きてはいけない。だが、彼女と生きていくわけにはいかない。
私は罪人だから。」

「そうか・・・。」


短くなったタバコを灰皿に押し付けドアへと向かうカノンを視界の隅に捉えた。
「先に帰る。」
「わかった。」

ドアが閉まると同時に私の口からまた溜息がこぼれた。

書類を作成する気になどならなかったが、無理やりペンをはしらせた。
まだまだ目を通さなくてはならない報告書もある。

しばらくすると、執務室のドアが開く音がした。
ようやくペースが上がってきたところだったので、私は資料から目をおとしたまま話しかけた。
「なんだ、カノン。とっくに帰ったのだと思ったぞ・・・。」
「・・・・・」

返事はなかった。
そのかわり、床に布が摺れる音が自分へと近づいてくることを耳で捕らえた。
白いドレスの裾が視界の墨にうつる。

「ご苦労様です。」

その人は私を労って微笑んだのだった。


















      + + +












「日本へ?」
「はい。」

心臓が一瞬高鳴ったのは、を連想させる言葉だったからだろう。
アテナが黄金聖闘士に同行を求めるのは、護衛の他にはない。
『嫌ですか?』と首をかしげるアテナに、同行以外の選択肢はない。

「いえ・・・すぐに準備を整えます。」
「ありがとう。」


別に嫌ということはないのだが。
万に一つの偶然を考えてしまう。


「それと、サガ。貴方に渡しておきたいものがあるのです。」
「私に?」

アテナはスッと一枚の地図を差し出した。


「これは・・?」
さんの住所です。」
「・・・!」
さんがいなくて寂しい、そう思っているのは私1人なのでしょうか・・・・。」



「正直に言いますと・・・先程の会話、聞いてしまいました。」

そのひと言に身構えてしまう。
アテナも私を責めるつもりなのですか、と。


「貴方が自分を厳しく律して使命のためだけに生きる・・・これも償いの1つなのでしょう。」
「えぇ。」
「でも、他の道もあるはず。再び生を与えられた貴方が何故・・・監獄に押し込められ死を待つ罪人のような生き方をします?」
「それは・・・アテナもお聞きになったように、」

アテナは首を振った。

「サガ、すべてを諦めることが償いではありませんよ。
何よりあなたが今再び聖域に戻り生きている理由は贖罪、それだけではないのです。」
「アテナ、私は今度こそこの命を平和のために捧げたいのです。捧げる、そう誓ったからこそ、こうして生かされているのです。
・・・・女を愛するためではありません。」
「サガ、あなたは聖闘士として自分を縛りすぎます。私はあなたに聖闘士である以上にひとりの人間であってほしい。
人としての生き方があって、その上で聖闘士であってほしいのです。」

「それに世界を守りたいと思っているのならなおさら・・・。さんを離してはいけません。」
「なっ、」
「サガ、愛する人が住む世界だからこそ、守れるのです。
自分ひとりの力で貫く正義より、あなただけを想ってくれる愛が聖闘士としての生き方を支えてくれるはずですよ。
そしてそんな愛を知っている聖闘士がこの地上の平和を揺ぎ無いものにしてくれるはずです。」



「まだ意地をはるというのなら、」
「・・・アテナ?」
さんが何故別れを選んのか。それを知れば過ちに気づくでしょう。」


      ◇ ◇ ◇

さん!!」
「いいの、沙織ちゃん・・・・サガがそうしたいっていうなら私、」
「良くないです!!」
「沙織ちゃんが悲しむことないんだよ?」
「サガはわかっていないのです。さんとの愛を封印することが贖罪ではないということに・・・。」
「わかってると思う。でも、きっと許せないんでしょう、『幸せな自分』が。」
さんはどうなってしまうのですか?」
「心配しないで・・・。私はサガの事ずっと愛し続けるよ。」
「サガが私と別れることが、彼の行わなくてはならない贖罪の1つだというのなら私は別れる。別れることで彼の罪を一緒に背負おうと思うの。
サガがすべての幸せを断ち切ることで罪を償っていこうとするなら、私もサガと描きたかった未来を諦めることで彼の罪を償いたい。」


「一緒にはいられないけど・・・・これが、サガと一緒に生きていくってことなの・・・」




       ◇ ◇ ◇


・・・・」


の思いを知って、涙が出そうになった。


「聖闘士としてのあなたを、男としてのあなたを理解し、苦労を分かち合ってくれる人は他にいないはずです。
それでもまだ、意地をはりますか?」



「アテナ、お願いがあります。」
「何を頼む必要があります?是非そうしてください。」

まだ間に合うのなら、・・・・。



        + + +







数日後
私は日本の小さな町にたどり着いた。
そして、待ち望んでいた夢にまで見た君の姿が目の前にある。


君は私がここにいる理由もわからないのに
黒い瞳を潤ませた。


髪がのびた。
どことなく、大人びた。
最後に見た時と、今の姿を重ねあわせて心の中でそっとなぞってみる。



こうやって・・・・


向い合ってみると、何とも不思議でならない。
会えない時間、2人の距離は遠い遠い宇宙の彼方の星のように何光年も離れている気がした。
でも実際は、行こうと思えば、会おうと思えばすぐに行けた距離。
それだけの距離でしかなかった。

フッと笑った私を見て、、君もクスリと笑った。

なぜ、私は君を突き放したりしたのだろう?
どうして自分の罪しか見えていなかったのだろう?
君は、私をあんなにもわかってくれていたのに・・・・。


「元気だったか?」
「・・・うん」


誰かが『コップの水を捨てろ』と言っていた。


「そうか・・・」
「サガも、・・・元気で?」
「あぁ。」
「みんな、も・・・?」
「あいかわらずだ、がいた頃と何もかわらない。」


でも、。君といた季節をなかった事にも忘れる事もできない。
そして、この気持ちは水ではない。


「どうしたのって、きいていい?」
「アテナの護衛でな。」
「・・・・そ。」

瞳にみえたほんのちょっとの落胆に、私は勇気をもらう。


「嘘だ。」
「!」


捨てるべきものは、この弱さ。


「会いにきた。」


私の今の言葉をどう受け止めたのだろう?

「伝えたい事が、ある。」


君は震える手を胸元でぎゅっと握り締めた。



「私は間違っていた。幸せを放棄する事が償いだと思ったから君と別れた。
だが、やっと気がついたのだ。すべてを捨てることが償いではない事に。
今ここに生きている理由が、贖罪だけではないという事にも。」
「サガ・・・・」
「今更受け入れてもらえないだろうが、聞いて欲しい・・・。」



、君なしでは生きていけない。君を愛し、君に愛されなければ私は生きている意味がない。
もし私を許してくれるのなら、ついてきてほしい。生きている限り、君を守り共にありたいのだ。」


・・・・君のこたえは?」






「私の願いは、」







「あなたと一緒にいることだけ・・・・・・」


とすんと君の額が私の胸にあたった。





「ずっとね、・・・・待ってた・・・。」





私の存在を確かめるように、頬を胸によせる。
そんなの頭に手を添えれば、すぐに私を包み込む懐かしい香り。


満ち足りた想いに、唇を重ねれば、
君の涙がふたりの間でとけて消えた。