ウェディングドレスはAラインのストンとした形のものを選んだ。
光に反射してひかえめに輝く手の込んだ刺繍と小粒のパールは、雪の結晶の模様。
ドレスにも心にもあなたを刻もう。
「スズハさま・・・。とても綺麗ですわ・・・・。」
可愛らしい女官が、鏡越しに話しかけた。
ティアラからベールを形よく流して支度が整う。
「おめでとうございます。」
「ありがとう・・。」
スズハは鏡の中の自分を見ると、少しずつ高まる緊張を意識せずにはいられなかった。
最後に肘までくる白い手袋をはめたところで、ドアをノックする音が響いた。











  +++champagne gold 〜 happy wedding 〜+++ 











入ってきたのは
「カミュ・・・・」
聖闘士にとっての正装、黄金聖衣を纏いマスクを小脇に抱えている。
「スズハ、支度は整ったか?」
いつも以上に優しく見つめかえすカミュの瞳に心がほぐれた。
綺麗にヒダのついたマントを揺らして、カミュはもうすぐ妻となる人へと近づいていく。
白いウェディングドレスに華奢な身体を包んだスズハを、カミュは眩しそうに見つめた。
まるで・・・・妖精のようだと・・・・。

「スズハ・・・とても綺麗だ。」
「あ、ありがとう。」
「どうしたのだ・・・緊張しているのか?」
差し出した手をスズハの頬へ添えた。
「カミュ・・・どうしよう。すっごくドキドキしちゃって・・・」
「大丈夫だ・・・昨日も式の練習をしただろう?」
「うん・・・でも、」
不安げに自分を見上げるスズハに愛しさが込み上げる。
「大丈夫だ。」
片手で前髪を避けて、額にキスをする。
「いつものスズハでいいのだ・・・。それに私がついているから心配しなくていい。」
「カミュ・・・心強いわ・・・。」

そんなふたりの姿を、うらやましそうに、半分は見守るように女官たちが取り囲んでいた。


「では行こう・・・。」
「はい。」

教皇の間は誓いをたてる私たちのために、厳かな雰囲気になるよう装飾がかえられていた。
大きな扉が開かれると祭壇へと続くバージンロードは長いカーペットが敷かれていて、その両脇に白い花が飾られていた。
さらに壮観なのは道の両脇にそれぞれの正装に身を包んだ聖闘士たちが自分たちを迎えるべく整列していた事である。
向って右側には聖域の聖闘士、左には海将軍や神闘士、冥闘士がふたりをみつめていた。
歩調を揃えて右、左・・・右、左・・・・と、ゆっくりと式を取り仕切る教皇シオンの元へ近づいていく。
途中、見慣れた彼らの顔をベール越しに見ると・・・・
デスマスクが目立たぬ様に下の方でチラチラと手を振って、
シャカは何としっかりと目をあけていたので、驚いてそれとなく視線を外してしまった。
ミロはにかっvvと笑っていて、こんな時でも彼らしいと私の口元もほころびそうになった。
他の黄金聖闘士たちも、身内(ある意味身内だが・・・)が結婚するみたいにとても晴れがましい表情をしていた。
カノンは海将軍側で出席してくれた。

祭壇に最も近い場所にいたのは、女神とポセイドン、ハーデスであった。
半ば強制的に地上に呼び出されたハーデスは無表情に近かったが、ポセイドンと女神は
祝福するように微笑んでいた。


祭壇の前に立って姿勢を正すと、パイプオルガンの音がフェイドアウトする。

「これよりアクエリアスのカミュとの結婚式を執り行う」
静かな会場にシオンの声が響き渡った。

シオンは私とカミュを交互に見ながら、『結婚とは何か』とか『夫婦とはどうあるべきか』みたいな話をしてくれた。
私もカミュも真っ直ぐにシオンを見つめ、何一つ聞き逃すまいとするかのように全身で言葉を受け止めた。

別に『これからの参考にしよう』だとかそんな殊勝さではないけれど、とにかく今日という日の何も逃すまい・・・そんな気分だった。
その一方で、自分の中にふわふわしている部分もあって、もしカミュと腕を組んで繋がれていなければ
シャボン玉か風船か魚、雪みたいに幸せというメロディーにのって、どこかに漂っているのではと思うような浮遊感みたいなものもあった。


でもそれもここまで。
いよいよ誓いの時が来た。


「カミュよ・・・」
名を呼ばれたカミュの姿勢に緊張が加わる。


シオンがカミュに向ける誓いの言葉が、何故だか私の心を動かしていく。


そう、
これから私とカミュの間には
幸福なときもあれば
悲しい事もあるだろう・・・。

ふたりでも苦しくて乗り越え難い出来事もあるかもしれない。
聖域に降り注ぐ穏やかな日差しを楽しむふたりの姿もあれば、貴方の健康を心配する日もあるだろう。

何より黄金聖闘士としてのカミュを考えれば、彼が突然いなくなる可能性だって十分にある。

それでも死がふたりをわかつまで、
これから続くふたりの何十年にもわたる『未来』を
生涯にわたる約束をかわす・・・何てすごいことなんだろう。

「幸福な時も幸福でない時も、富める時も貧しい時も、病める時もすこやかなる時も、
死がふたりを分かつまで、生涯かわらぬ愛を誓うか?」

「誓います・・・!」
宮に響くカミュの誓いに涙がこぼれそうになった。







◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



聖域に鐘の音が響き渡る。
夫婦となったばかりのふたりを待ちわびていた聖闘士たちが、開け放たれたドアの向こうに
その姿を見て、歓声を上げる。

青空にピンクのフラワーシャワー
耳に届くのは
「おめでとー!!」
「お幸せに!!」

集まってくれた聖闘士たちの口から漏れるのは幸福の言葉。
それらが私たちを世界一幸せな夫婦にしてくれる。
「スズハ、おめでとうっ!!」
「スズハ様っ、これ受け取ってくださいっ!!」
同僚や女官たちが、次々に花束をもってきた。
何個も何個も、両手におさまりきらなくなってもそれを気にする者はいなかった。
「わっ、もう持てないよぉっ!!」
「いいのいいの!!」
「そうです!!」
「皆・・・ありがとう・・・!!」
思わぬプレゼントに嬉しさが頂点に達して零れる笑顔でカミュを見上げる。
「では私からもスズハにプレゼントだ。」
「えっ?」
カミュの顔が近づいて・・・・
唇に風のような感覚が走った瞬間、カミュの顔も
まわりの皆も
とにかく見えるものすべてが・・・・
これ以上ないくらいにやさしくなった。

私は花束に顔をうずめて赤くなった頬を隠すしかなくって・・・
幸せだなって感じた。


夏の風にのって舞い落ちるフラワーシャワーは
私の心にも降り積もる。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




こんもりと籠に盛られたパステルカラーのドラジェたち。

昨日までカミュと作り続けたかいがあった。
リボンが次々に解かれ、ラッピングから零れ落ちる5粒に託された大切な願い。

ピンクのクリームと花で飾り付けられた3段重ねのウェディングケーキ。
長いリボンのついたナイフに手を添えて、入刀。
瞬間わっと大きくなった歓声に、見詰め合って微笑みを交わした。


どこからともなく音楽が流れ出した。
「きゃっ!」
突然ひっぱられた手に、スズハはよろめいて誰かの胸に飛び込んだ。

「きれいな花嫁さん。1曲お相手願えますか?」
「!ふふっ。どうぞよろしく」

気取って差しだされた手に、右手をそっと重ねた。
優雅なメロディーとアフロディーテのリードにくるくるとステップをふんでいく。
「なかなか上手だね。」
「ふふっ。アフロについていくだけで精一杯だけどね!」
「このままふたりで消えちゃうってのはどう?」
「フリン・・・?」
「そう、不倫。本当にこのままさらっていってしまおうかな?」
アフロディーテの瞳が妖しく光った。

「「おい!」」
「?!」
「アフロ、何自分だけいい思いしてんだよ。」
「不倫の約束までとりつけやがって・・・羨ましいぞ・・・。」
この雰囲気と向こうでたらふく飲んできたせいか、半分出来上がっているデスマスクとシュラ。
「おい、スズハ。次は俺と踊れ。」
「その次は俺だ。デスマスク、15秒だ。いいな、それ以上は許さん。」
「おっと、デスマスク。約束は忘れたのかい?」
「「「シャイナ!!」」」
「私と踊ってくれるっていたはずだよ。」
シャイナは綺麗なグリーンのドレスの裾を揺らしながら、デスマスクの腕を強引に引っ張って中央へと歩いていった。
遠目でもデスマスクがまだごねているのがよくわかる。
「さぁ、。これでお前と踊る時間がゆっくりとれるな。」
「ふふっ」
会話を交わしながら、くるくると会場を一周するようにシュラはリードした。
いつもは鋭い視線が今日はとても穏やかで『この人こういう表情もするのね・・・』と内心感じたりしながら
スズハも頑張ってステップをふんだ。
「ぎゃっ!!」
「「??」」
背後から聞こえた潰れた声はどうやらデスマスクのものらしい。
「ってーーっ!今のわざとふんだだろっ!」
「こっちをしっかり見な!スズハばっかり追ってんじゃないよっ!」
「ちっ・・・」

踊る人、酒を酌み交わす人いろんな人たちの顔が会場を一周する私の目に飛び込んでくる。
そのどれもが、笑顔。
。」
「シュラ?」
「いいやつを選んだな。」
「っ!なっ、なによ突然。」
まるで自分のお父さんのようなセリフだ。そう、昔からシュラはスズハを妹か娘のように見守ってきた。
「思ったことを言ったまでだ。妹のようにかわいいスズハをカミュが護ってくれると思うと安心だし、
スズハが大事な友を愛してくれていると思うと嬉しいのだ。」
「シュラったら・・・・」
「幸せになれよ。まぁもしあいつとの生活に飽きたら俺のところにくればいい。一妻多夫、カミュ公認で逆ハーレムはどうだ?」
「くすっ・・・。言ってる事が違いますよ、シュラさん?」




夜になっても祝福の宴は終わらない。
ライトアップされた教皇宮。
ひとつひとつの席にキャンドルがともされる。
いっこうに途絶えることのない人々の笑い声と、どこからともなく運ばれてくる料理とワイン。
会場のあちこちで何度目かわからない乾杯の音が響く。

「スズハ?」
「どうしたの、カミュ?」
自分たちのもとへ祝福をいいにくる人が途切れたところだった。
カミュの自分の名を呼ぶ声が急にふたりだけの空間にかえてしまう。
周囲のざわめきが遠のき、カミュの声がよく届く気がした。
「私は今日スズハと式を挙げることが出来てよかった。心からそう思っている。」
「ふふっ。それは、私も同じだよカミュ。」
「では・・・ふたりだけの乾杯をしよう。」
「ふたりだけの、乾杯?」
カミュはボトルを手に取ると、まず初めにスズハのグラスにシャンパンを注いだ。
そして自分のグラスにも・・・。


「一年後の今日も、変わらぬ気持ちでこうしてグラスを鳴らそう。その度に色褪せる事のない、」
そこまで言ってカミュは顔を寄せると、私の耳にそっと囁いた。

一瞬遠ざかるざわめきのかわりに届いたのは・・・
(スズハへの愛を誓いたいから・・・。)
驚きの表情のままカミュを見れば、彼もまた珍しく照れた笑顔を浮かべるのだった。
「「乾杯・・・・!」」
ふたつのグラスの中でゴールドのシャンパンが優しく揺れた。





どうか・・・・ささやかでいい。
ささやかな毎日。
何もかもがささやかでいい。
そこにね、カミュ?あなたがいるならば。
そしてそれが今日誓った事・・・


だから
神様にだけでなく、
何よりもあなたに誓おう。


死がふたりを分かつまで・・・・・










死がふたりを隔てても・・・・あなたと共にあることを・・・・






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





新婚旅行から帰ると、新居には表紙に小粒のパールが散りばめられたアルバムが届いていた。
中をめくって見れば、結婚式の写真がセンスよく並べられていた。

そう言えば・・・フラッシュが何度も光ったっけ・・・

バージンロードにはじまって
誓いのキス
フラワーシャワー
パーティー・・・・

次々に甦るハッピーウェディング。

そしてセピア色した1枚は、
カミュとふたりだけの乾杯をしたあのシーン。
最後の1ページをこの写真のためだけに贅沢に使っていた。
これを撮ってくれた誰かにとっても印象なシーンだったのかもしれない。

写真の中のふたりはグラスを寄せて、微笑を交わし・・・・


湧き上がりはじけるグラスの中の気泡のような新鮮な気持ちを、
スズハの胸に呼び起こす。


スズハは見飽きることなく、写真を優しく指でなぞる。

あの日のふたりは綺麗なシャンパンゴールドにそまっていた。