The Signed Card/サインド・カード
書籍『The Secrets of Brother John Hamman』収録(Richard kaufman/Kaufman & Greenberg)1989
Bro.John Hamman/ジョン・ハーマン

演者は客に見えないように1枚のカードを選び、特別なカードであると告げてテーブルに伏せて置きます。また、演者はこのカードにはずっと触れないことを客に伝えます。
 さらにカードを何枚か選んでデックから取り除き、演者の使用するカードとしてこれも裏向きでテーブルに置きます。

デックを表向きでテーブルにスプレッドし、客に1枚のカードを選ばせて表側にサインをしてもらいます。ここで先ほど演者が使用するとして取り除けておいたカードが4枚のエースであることを、手から手に数え取って示します。

裏向きにした客のカードに、これも裏向きの4枚のエースを重ねます。演者は合計5枚のカードを持ち「今から客のカードを消す」と宣言します。手に持ったパケットを1枚ずつエースであることを確認しながらテーブルに置いていくと、カードが4枚しかなく、すべてエースであることがわかります。

パケットを取り上げ、4枚のうち黒のエース2枚を表向きにしてテーブルに置きます。ここで演技開始時に「ずっと触れない」と宣言した特別なカードに注目します。手に持った2枚(赤のエース)でそのカードをはさんで取り上げ、客に調べてもらうと、それはサインのある客のカードです。

客の選んだカードがパケットの中で消失し、別の場所から現れるという作品の類型があります。古くは「Point of Departure(Alex Elmsley)」などに見られる移動現象ですが、そこに「時間的な不可能性」という要素を加えた作品が、後にいくつか現れました。例として「The Mystery Card(Larry Jennings)」などを挙げることができます。手順は以下のようなものです。
 演技の最初に、演者のポケットに1枚の未知のカードが入っていることが示されます。客がカードを選びサインをしますが、そのカードが2枚のジョーカーの間から消え、ポケットに入っているのがサインされた客のカードであることが示されます。

単に空間的な問題であれば(もっとも直接的な方法としては)何らかの方法で客のカードをパケットから抜き出し、Palmingを用いて所定の位置に移動させるといった方法が考えられますが、「The Mystery Card」の場合、不思議さの焦点は移動よりもむしろ「存在していなかったはずのものが、事前に示されていた」という時間的な矛盾でしょう。こういったTime Paradoxの要素が現象の主眼となっている作品は、その他の移動現象と一線を画して分類されるべきではないでしょうか。

「The Signed Card」は、出現場所として衣服のポケットなどの遮蔽物を嫌い「最初からテーブルに出しておいたカードが、実は客のカードであった」という、より不可能性の高いプロブレムに解法を与えた作品です。計算し尽くされた手順には無理がなく、そのMethodの単純さと狡猾さには感嘆すら覚えるほど。『The Secrets of Brother John Hamman』の解説文中にある「最終形として結実するまでに10年以上を要した(All told, the trick took over ten years to evolve into its final form.)」の言葉は、そのまま考案者の自負と受け取ってよいでしょう。

さて「The Signed Card」にインスパイアされ、John Bannonは「Heart of the City」を発表しました。その手順は下記のとおりです。
 演者は糊付けされた封筒を1通取り出してテーブルに置き、演技を始めます。客に1枚のカードを選んでもらい、表側にサインをしてデックに返してもらいます。
 続けて、客に表を見せないようにデックを広げ、演者の使用するカードとして3枚をテーブルに伏せて置きます。客の前に裏向きにデックを広げて任意の1枚を選んでもらい、先ほどテーブルに伏せた3枚と合わせて手から手に数え取って示すと、Four of a Kindが完成していることがわかります(仮に客の選んだカードがスペードのクイーンだったとしたら、前もって演者が伏せておいた3枚がダイヤ、クラブ、ハートのクイーンであることが示され、4枚の数字が一致するということです)。
 ここで最初に取り出した封筒を開けると、中に1枚のカードが入っています。そのカードをテーブルの上に出し4枚のクイーンですくい上げると、間違いなく客の「Signed Card」であることがわかります。

「Heart of the City」で、客の選んだ1枚が演者の3枚と一致するくだりは、Subtletyの効いた、公正で非常に説得力のある現象だと思います。この一致は単体で切り出しても十分に1つの作品となりうるほどですが、まさにそれがこの手順における諸刃の剣となっているように感じます。すなわち、非常に強力なEffectをSigned Cardプロットの前段に盛り込んだため、手順全体のポイントが理解しづらくなっていると思うのです。
 Bro.John Hammanの「The Signed Card」では、1枚の客のカードを消すために演者が4枚のエースを取り出しますが、その必然性には何ら言及されません。「Heart of the City」にカードの一致が盛り込まれているのは、演者の行動に正当な意味づけを行うという狙いがあるのでしょう。ですが、全体の印象が散漫にならないようにこの手順を演じるには、きわめて高いプレゼンテーションの能力が必要であると考えます。


(参考)

◆ Book
・John Bannon「Heart of the City」『Smoke and Mirrors』(John Bannon/Kaufman & Greenberg)1991
・Larry Jennings「The Mystery Card」『The Classic Magic of Larry Jennings』(Mike Maxwell/L&L Publishing)1986