The Portable Hole/ポータブル・ホール
書籍『Coin Magic』収録(Richard Kaufman/Richard Kaufman and Greenberg)1981
レクチャーノート『The Portable Hole』収録(柳川幸重訳/マジックランド)
David Roth/デビッド・ロス

演者はパース・フレーム(がまぐちの口金部分のみ)を示します。フレームを開くと、中から2枚のコインが出現します。また、再度あらためたフレームからコインをもう1枚取り出します。

続いて、直径10cmほどの円形の黒いフェルト布をフレームから取り出し、持ち運びができる「Portable Hole」だと説明します。マジシャンがものを消したいときに、ここに落とすための「穴」という意味です。3枚のコインとPortable Holeを並べてテーブルに置きます。フレームは脇に寄せておきます。

テーブルから1枚のコインを取り上げPortable Holeに落とし込むジェスチャーをします。落ちていく姿は見えませんが、たしかに手からコインが消失します。残った2枚のコインも同様に、1枚ずつPortable Holeに落とします。Portable Holeに落ちたコインはフレームに戻って来ます。テーブルからフレームを取り上げ、そこから1枚のコインを取り出して見せます。フレームを簡単にあらためながら、同様に残りの2枚のコインも取り出します。

同じことをもう一度行います。テーブルに3枚のコインとPortable Holeが並んでいます。コインを1枚ずつ取り上げPortable Holeに落とします。しかし今度はフレームには戻って来ていません。Portable Holeを持ち上げると、その下に3枚のコインが並んでいます。

この作品の骨組みとなっているのはコインの出現・消失現象です。3枚のコインが1枚ずつ消え、再び1枚ずつ出現するというシンプルな現象に、フェルト布の「Portable Hole」とパース・フレームという奇妙な道具を組み合わせることによって不思議なタッチが与えられ、プロットとしても非常に興味深いものとなっています。

手順はきわめて緻密に考えられており、ひとつひとつの現象のために最適な技法が使われています。The Shuttle Pass、Frontal Imp Pass、Spider Vanishなど、David Rothのテクニックが惜しみなく発揮されたRoutineと言えるでしょう。中でもこの手順ではKick Moveという技法が効果的に用いられています。物体を何かの下にはじき入れるというアイデアは、David Rothの創案ではありませんが、「Portable Hole」というユニークな発想とこの技法を組み合わせた点に、David Rothの発想の非凡さを感じます。

Father Cyprianはこの作品にインスパイアされ「A New Hole-Y Trick」を発表しました。コインボックスに入れた3枚のコインが1枚ずつPortable Holeの下に移動し、クライマックスにジャンボコインが出現するという手順です。

また「The Change Bag(David Williamson)」は基本的にDavid Rothのオリジナルと同様、パース・フレームを使用したコインの出現・消失のRoutineですが、円形のフェルト布ではなく長方形の袋を使います。フレームに落とし込んだコインが消えて袋の中に移動しているといった現象に始まり、ジャンボコインの出現、フレームが大きくなり、それにしたがって袋の大きさも変化するといった2段、3段にわたるクライマックスを持つ作品です。

Kick Moveと類似した技法を使った作品は、このほかにもいくつかあります。例えばDai Vernonが「Cocktail Time」の中で、またLarry Jenningsが「Silver Ascending」の中で同様の技法を使用しています。

コインを指ではじいて移動させる技法を、もっとも研究・多用したマジシャンのひとりにPaul Gertnerを挙げることができます。彼はFlickと名付けた技法を、いくつかの作品に効果的に使用しました。Hang Ping Chien's Moveの代わりにFlickを使用したCoins Across「Three and Three」、銀貨と銅貨の交換現象「Copper/Silver Variations in Four Parts」などに、そのテクニックを見ることができます。

「The Portable Hole」の解説には、手順の最後にジャンボコインを出現させる方法が“行ってはいけない”という但し書きとともに(!)紹介されています。ジャンボコインの出現が度を超えて大げさであり(I know that sounds crazy.)この作品全体の繊細で美しいハンドリングに調和しないという理由からです。David Rothの哲学が感じられる賢明な選択であり、英断だと感じます。


(参考)

◆ Book
・David Roth「Frontal Imp Pass」「The Shuttle Pass」『Coin Magic』(Richard Kaufman/Richard Kaufman and Greenberg)1981
・David Williamson「The Change Bag」『Williamson's Womders』(Richard Kaufman/Richard Kaufman and Greenberg)1989
・Paul Gertner「Copper/Silver Variations in Four Parts」「The Flick」「Three and Three」『Steel & Silver』(Richard Kaufman/Richard Kaufman and Greenberg)1994

◆ Lecture Note
・David Roth「Skinner's Spidergrip Vanish」『デビッド・ロス 箱根』(マジックランド)1991
・Father Cyprian「A New Hole-Y Trick」『Father Cyprian Japan』(マジックランド)

◆ Booklet
・Dai Vernon「Cocktail Time」『Richard's Almanac日本語版 Vol.2 No.23-24』(安崎浩一訳/マジックランド)1993
・Larry Jennings「Silver Ascending」『Richard's Almanac日本語版 Vol.2 No.17-18』(安崎浩一訳/マジックランド)1992