しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術
新潮社より発売
泡坂妻夫

演者は客に1冊の文庫本を渡し、好きなページを開いてその見開きの最初に書かれている単語を覚えるように言います。客が指示どおりに行ったことを確認したら本は閉じ、客に今覚えた単語を強くイメージしてもらいます。演者は客の覚えた単語を、何の質問もなく当ててしまいます。

書籍や雑誌、辞書などを使い、客が選んだ任意のページにある言葉や絵柄を言い当てるマジックを「Booktest」と総称します。『超能力マジックの世界(松田道弘著/筑摩書房)』によると、1850年代に発表されたJohann Nepomuk Hofzinserの手になる「The Word」が最初のBooktestだとされていますから、きわめて長い歴史を持つ演出形態であると言ってよいでしょう。また同書には、大がかりな準備や助手を必要としない画期的なMethodを考案し、Booktestを一気に進化させた天才としてTheodore Annemannの名が挙げられ、さらにそれを著しく単純化・合理化したDavid Hoiの功績が述べられています。

現象はほぼ一様に見えるBooktestですが、それを実現するための手法はさまざまに発表されています。本自体に何らかの加工をし客には完全な自由選択を許す手順や、仕掛けのない本で行う代わりに何らかのForcingを用いる方法など幅は広く、さらにカードやダイスといった小道具を併用するやり方も少なくありません。いずれの手順も長所短所を兼ね備えていますが、複雑な操作を多く伴うほど現象自体の強烈さが薄れていくことは確かです。多くの優秀なトリックがそうであるように『しあわせの書』のタネは非常にシンプルかつ大胆なものであり、余分な要素をほとんど感じさせないきわめて理想的なMethodだと考えます。

『しあわせの書』の最大の特徴は、作中にこの文庫本自体が登場する、いわゆる「入れ籠」構造の小説だということです。同名の冊子を巡って展開する物語を読み進み、終盤で作品のトリックが明かされた瞬間に、読者は自らが手にしているのが小説世界で登場した奇妙な本そのものであることに気がつきます。平凡な文庫本の中に著者が編み込んだBooktestの仕掛けは、マジックの愛好家を例外なく陶然とさせ、そうでない読者を唖然とさせることでしょう。

「迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術」という副題のとおり、『しあわせの書』は神がかった現象を起こしうるメンタルマジックの傑作です。もしこれがマジック専門の道具として製作されていたら、値段のゼロがあと1つ増えていたに違いありません。この尋常でない本を出版物の流通に乗せ、一般書店の棚に何食わぬ顔で並べたいという発想自体が、スケールの大きな著者の「たくらみ」であるようにも思えます。


(参考)

◆ Book
・「Zodiagnostic」『THABBATICAL』(Phil Goldstein/Hermetic Press)1994
・『松田道弘あそびの冒険2 超能力マジックの世界』(松田道弘著/筑摩書房)1993
・『メンタルマジック事典』(松田道弘著/東京堂出版)1997

◆ Lecture Note
・Hiro Sakai「カンニング」『8つの棺』(Hiro Sakai著/ひろ・こーぽれーしょん)1995