Paddle Routine/パドル・ルーティーン
レクチャーノート『Magic by Daryl』収録(二川滋夫訳/マジックランド)
Daryl/ダロー

演者は小さな袋から、少し厚みのある小さな細長い板を取り出します。この板(以下、Paddle)を軽くあらため、両面が銀色に塗られていることを示して左手に握ります。

Paddleが入っていた袋は片面が赤、もう一面が青い色をしています。この赤い部分から「赤い色をつまみ、左手に投げ込む」といったマジカルジェスチャーをします。左手からPaddleを押し出すと銀色だったPaddleが両面赤に変化しています。

ここで演者は「実は2本のPaddleを用意しており、それを巧みにすり替えているのだ」とタネあかしをします。テーブル上の袋からもう1本の銀色のPaddleを取り出し、銀と赤のPadddleを素早く手の陰ですり替える実演をしてみせます。

2本のPaddleを左手に握り、客に好きなほうの色を尋ねます(仮に銀色だったとします)。左手から銀色のパドルを抜き出し、右手に握ります。マジカルジェスチャーをかけると右手と左手に握ったPaddleが一瞬で入れ替わります。

銀と赤の2本のPaddleを持ち、「練習すると片面の色だけを変えることもできる」と言って赤いPaddleを銀色のPaddleにこすりつけると、触れた面だけが銀色に変化してしまいます。もう一面は赤のままであることを示し、その銀/赤のPaddleを客に渡します。

テーブル上の袋をひっくり返し、青い面を上に向けます。手にあるPaddleの両面が銀色であることをあらためて示してから、袋の青い部分にPaddleを触れさせ少し動かします。するとその一面だけが変色し、銀/青のPaddleになってしまいます。これも客に渡し、銀/赤、銀/青の2本のPaddleを客によく調べてもらいます。

Paddleという単語の原義は、カヌーなどで水をかく「櫂(かい)」のこと。手元は細い棒状で先端にいくほど薄く幅広になる櫂に形状が似ていることからの命名です。マジックの道具としてのPaddleは、実際には起こす現象や目的によってその形や大きさもさまざまですが、上の手順でDarylが使用しているものは厚みのある長方形の板状のものです。

数多あるPaddle Routineの中でも、このDarylの手順はなにより現象の明瞭さで傑出していますし、タネあかしをするとみせて2本目のPaddleを取り出してくるRoutineの流れも非常に練られたものだと感じます。原始的と言ってよいほど単純な原理によってかくも多彩な現象を効率的に実現している点で、作品のSubtletyは演者をも満足させることでしょう。

最終的にPaddleを客に手渡してすべてあらためさせる点は、道具の単純さゆえにMethodを推測される危惧を感じないわけではありません。その意味でこの部分には賛否両論があると思いますが、道具の非日常性を鑑みて「手渡せる」点を長所と捉えたいと私は考えます。

さて、Paddle Moveを使って出現や消失、変化といった現象を起こす作品は非常に古くから存在しているようです。『クロースアップ・マジック事典』には古い例として、Edwin Sachesがその著書『Sleight of Hand』の中で、水で濡らした紙片をテーブルナイフに貼り付けて行う手順を発表しているとの記述があります。『Sleight of Hand』の出版は実に1877年ですが、この時点ですでに非常に完成度の高いPaddle Routineが解説されていたことは驚きです。

Paddleの多くはそれ自体に複雑なGimmickが内蔵されているわけではなく比較的安価に製作できるためか、数多くの製品が販売されています。空中から何かを取り出すといった現象を起こすもの、また「I'll Start Again(Jimmy Rogers)」のように黒板状の素材で作られており、一方の面にチョークで書いた線がもう片面に同様に反映されるといった現象のものもあります。

Paddle Moveを用いる有名なトリックには他に「Color Changing Knife」があり、このジャンルにも多くの作品・製品が見られます。


(参考)

◆ Book
「パドル・トリック」『クロースアップ・マジック事典』(松田道弘著/東京堂出版)1990
「パドル・トリック」『マーチン・ガードナー・マジックの全て』(Martin Gardner著 壽里竜訳/東京堂出版)1999

◆ Video
・根尾昌史「Neo's Knives」(The Greater Magic Video Library Volume45 Magic of Japan)Stevens 1993