■ 当たり前の仕事

テレビや雑誌の取材に対して、職人が「当たり前の仕事をしているだけです」と謙虚に答える場面を見たことはありませんか? もちろん仕事上の秘密を明かせないからこのように対応する場合もあるでしょうし、カメラに対して、意識して模範的な回答をしてみせる人もいるでしょう。ですが、その人が「当たり前」と考えてこなしている行為が、傍から見ると非常に高い水準であるといったケースも意外と多いのではないでしょうか。

冒頭に「職人」と書きましたが、特に職業を限定した話ではありません。毎朝数十キロのロードワークを欠かさないランナーや、睡眠時間を削って下ごしらえを行う料理人、足を棒にして自社製品を売り込む営業マン、寝食を惜しんで受験勉強に励む学生など、怠惰な私には到底続かない行為ですが、彼らはみな「目的のためには当たり前のこと」と考えて、それらを行っているのかもしれません。

マジックではどうでしょうか? 客に公正にカードを選んでもらうこと。自然なシャフルをすること。現象が明瞭であること。それら以前に演技をする態度として、客の目を見てきちんと説明を行うこと。適切な距離感をもって誠実に接すること。つまりは相手に敬意を払うこと。こういったことがきちんと行われることなく、客に対して上質な不思議を提供することは不可能に思えます。

「プロではないのだから、そんなに肩肘を張らなくても…」と考える人もいるでしょう。たしかにアマチュアの愛好家は、自分が楽しくなければマジックをする意味がありません。しかしマジックにおいて、上記のようなことを「当たり前」として気を配れる人とそうでない人の演技には、明らかな違いが出てくるのではないかと私は思うのです。