■ バーテンダーに学ぶ

私の個人的な考えですが、マジシャンとバーテンダーには多くの共通点があり、そのためマジシャンが心に留め置くべき大切な事柄のいくつかを、バーテンダーに学ぶことができるように思います。

例えば、きちんとした店のバーテンダーは客の様子を見て、そのときどきでベストな状態になるようレシピを調整した飲み物を提供しています。客の夕食が済んでいるか否か? すでに何杯か飲んでいるのか、その日の一杯目なのか? 今日の来訪は特別な記念日がゆえなのか否か? そういったさまざまな条件を勘案し、氷の量やステアする時間、混ぜる材料の割合を変えたりすることで、極端に表現すれば「二度とない一杯」になるわけです。ただし、そのように繊細なアレンジを行うためには、どのような条件下でも常に同じ一杯を作れる能力が必須であることは言うまでもありません。同様に、優れたマジシャンは揺るぎないテクニックを基盤とし、客に応じて手順を調整していくものだと私は考えています。

さて、バーの魅力を決定する最大の要素は、やはり「バーテンダーの人間性」だと思います。ただグラスに酒を注ぎ、客の前に置くだけなら素人でもできます。それはつまり、あなたの覚えたカードはこれでしょうと当ててみせるだけなら、誰にでもできるということと同義です。客がバーに求めるのは単なるアルコールの摂取ではありません。

バーの支配者であるバーテンダーと、一定の時間・空間を共有することこそが客の真に欲するところでしょう。店を心地よい場所として保つために守るべきルールが当然あり、バーテンダーこそがそれを監督する役割を担います。ただしその際、客に無理を強要されていると感じさせるようでは二流です。客はリラックスし、自分の好きなように振舞っていると考えている。が、しかしその実、バーテンダーの誘導にしたがって、その店でのあるべき態度を取っているという状態が理想です。ちょうど自由意志でカードを選んだと信じている観客のように。

そのようにして多くの客が再訪する店では、今度は客が店の雰囲気を作っていきます。あらたに客となる人はその空気を感じ、店での振る舞い方を察するでしょう。それは上質のマジックに多く触れた人が、徐々によい観客に近づくことに似ています。