■ なぜカードマジックの作品が多いのか?

世に発表されるクロースアップ・マジックの作品のうち、カードマジックは非常に高い割合を占めています。その最たる理由は、Playing Card(カード/トランプ)が他の素材に比して、非常に多くの現象を表現しうるからでしょう。Dariel Fitzkeeは、著書『The Trick Brain』(St. Raphael House/1944)でマジックの現象を19種類に分類していますが、その基準に照らすと、カードという素材は「出現・消失・交換・変形・復活・同調・読心・予言」といった多彩な現象に適用できることがわかります。日常的に身の回りに存在するもののうちで、これほど汎用性の高いアイテムは他にはちょっと見当たりません。

多彩な表現力に加え、カードはそれ自体に決まり事が多いという特徴を備えています。「形は長方形で、薄い紙やプラスチックで作られている」「裏側はすべて同一のデザインで、表側には数字とマークが書かれており、それが表裏同一方向に重ねられている」「数字は13個でスートは4種類、ここにジョーカーが加わる」など、まだまだほかにも挙げられるでしょう。特に偏屈な人でもない限り、誰しも「カードというのはこういったもの」という既成概念を持っており、その先入観を逆手に取ることで現象をいくぶん容易に(程度の差はありますが)達成することが可能になるわけです。

例えば一組の中に同じカードが2枚存在したなら、それは想定外の事項です。裏向きに揃っている一組の中で、1枚ないし数枚のカードが表向きになっているといった状態も予想しがたいでしょう。カード一組が通常の枚数より若干多かったり少なかったりする状況、さらには特定のカードの長さや形がほんの少しだけ異なっているといったことも「ふつう」ではありえません。このように決まり事を破ることで客より数歩先んじ、現象を起こしやすくなるわけです。

さて、素材が単純な場合、現象の達成はしぜんSleightに依存することとなります。言うまでもないことですが、カードの1枚1枚にGimmickが組み込まれているわけではありませんから、単一のカードは何ら特別な力を持っていません。しかしそれらが、ひと揃いのデックやパケットになったとき、そこに発生する規則性や数理的原理が、マジックにおいてきわめて有効に作用するのです。群体という構造がSecret Moveにさらなる幅を持たせている、と言い換えてもよいでしょう。「適度に複雑な構造を備え、その規則性が広く認知されていること」。これがクロースアップ・マジックの素材として、かくもカードが頻繁に用いられる理由の1つではないでしょうか。