■ 不思議を見たがる人たちばかりではない

「よろしければ、ちょっとしたマジックをお目にかけましょうか?」
「いえ、けっこうです」

私は以前、あるレストランでテーブルホッピングのアルバイトをしていた時期があります。食事が済んでコーヒーの段になっているようなテーブルに近づき「マジックを見ませんか?」と尋ねると、たいていのお客様は歓迎してくれました。それだけに、上のような答えを初めて返されたときは非常に衝撃を受けたものです。

どんなに美しい音楽も、それに興味のない人にとっては耳障りな雑音になりかねません。ましてクロースアップ・マジックを見るという行為は、噴水をぼんやり眺めるのとは違い、たいていの場合カードをシャフルしたり、スポンジのボールを握ったり、つまり積極的な参加を客に要求します。興味のない人にとって、これはかなり面倒なことです。

今の私には、マジックなんて見たくないという人の気持ちもよくわかりますし、そういった人たちに無理に見てもらいたいとも思いません。マジックの素晴らしさを万人に知らしめたい、といった意見をときどき耳にしますが、その崇高な主張が行き過ぎにならぬよう常に自省する必要があるでしょう。

クロースアップ・マジックは、きわめて繊細なPerformanceです。あらゆる点で細やかな配慮をする必要がありますが、気づかいの大前提とするべきは、まずここなのではないでしょうか? 演じる側に立つとつい忘れてしまいがちですが、世の中は必ずしも不思議を見たがる人たちばかりではないのです。