■ コインが消えるときの意識について

右手の指先に持ったコインを左手に渡して軽く握り、少し間を置いてから左手を開くとコインが消えている。コインマジックで何度となく見られる場面です。しかしこのとき、左手で何が起こっているかを意識している演者は、あまり多くないように思います。書籍やビデオなどでCoin Vanishのバリエーションをいくつも見ることができますが、その意識にまで触れているものは多くありません。

左手の中でコインはグニャリと形を変え、水銀のような震えるカタマリとなってだんだんと質量を小さくしていくのでしょうか? それとも砂のように崩れ、微小な粒子が気化するがごとく軽くなっていくのでしょうか? それとも…。

もちろん左手の中で、実際にこのようなことが起こっているわけではありません。が、演者がこういったことを少しでも考えているのとそうでないのとでは、演技の深みがまったく違ってくると考えます。書籍の挿絵を見て、コインを保持する位置や指の形などをトレースするのは、役者で言えば台本を暗記している段階です。しかし、つかえずに台詞を読むことができるというだけでは人を感動させ得る演技にはならないでしょう? 役柄の言葉で語るためには、台本に文字で書いてはいないことにまで思いを至らせる必要があると思うのです。
 少し話が逸れてしまいました。要するに、コインは左手を開いた瞬間に消えるのではなく、すでに数瞬まえに消えてなくなっているのだろうと言いたいのです。そうであればあとはゆっくりと左手を開き、その消失を示すだけです。

このことに気を配るあまり、演技のテンポが不自然に遅くなってしまったりしては本末転倒ですが、少なくとも手順の中で最初の1枚が消えるときくらいは、自分なりの消失イメージを強く意識するべきだと思います。言葉に出す出さないはおくとして、演者が明確にそれを思い描くことができれば、客の心の中にも、よりリアリティのある消失の感覚を喚起することができるでしょう。