■ 型破りと型無し

---守るということと挑戦することとあってね。両方やっていきたいですよね。よく言うんですが、稽古をして型を持ってる人が型を破るから「型破り」でね、型を持ってない人がただそれをやると「型無し」になっちゃうんだという。---

これは歌舞伎役者の中村勘九郎氏が、ある雑誌のインタビューに答えた一節です。至言だと思います。勘九郎氏と言えば、渋谷シアターコクーンでのコクーン歌舞伎、平成中村座によるニューヨーク公演など、これまで歌舞伎界が足を踏み入れて来なかった未知の領域への挑戦を果敢に行っている、現代歌舞伎界の第一人者です。歌舞伎の語源は「傾く(かぶく)=他人と違った奇抜なことをする」だそうですが、新奇な趣向が上滑りせず、既存のファンにもしっかりと受け入れられている理由は、やはり本人に「型が備わっている」からに他ならないでしょう。

話をマジックに移します。Jay Sankeyが発表するSleightや、Gaetan Bloomの手になるGimmickは、非常に革新的で「型破り」なものですが、その独創性に感じ入ると同時に、私はこの二者が演じるクラシックな手順はさぞ見事だろうという想像をも抱いてしまいます。確固たる基本の裏打ちなくして、真に優れたOriginalityを発揮することはできないと考えるからです。

奇抜さが突出した新技法がときに愛好家の目を奪います。仲間うちでそれらを披露するのが蜜の味であることは私もよくわかるのですが、教科書どおりに言うならば、やはり「まず基本の型ありき」なのだということを、折に触れて意識する必要があるでしょう。
 そして技法を云々する以前に気を配るべきは、客に向かう姿勢や態度、そして基本動作ではないかと思います。背すじを伸ばしてシャンと立ち、はっきりした声で客に話しかけること。また、テンポのよい公正なシャフルをし、カードを均等に広げ客に選ばせること。こういったSecret Move以前の気配りは、おざなりにされがちですが非常に重要なものです。演技のスタイルは十人十色ですが、ここにも最大公約数的な「型」の考え方を見ることができるでしょう。

中村勘九郎氏が襲名すると、十八代目中村勘三郎となります。名とはそのまま伝統の重みであり、それを継承する重圧は本人以外にはけっしてわかり得ないものです。幸いにしてアマチュアのマジック愛好家がそれほどの重荷を負うことはありませんが、新分野に切り込む礎として、先人が築き上げた「型」を自らの血肉として習得していることが不可欠であるのは、どの世界でも変わることのない事実でしょう。