■ 子どもにマジックを見せるとき

アンパンマンの作者、やなせたかし氏が雑誌のインタビューでこんな話をしていました。
「漫画や絵本を作るとき“子ども相手だからこの程度でいいや”と手を抜くと、その気持ちはすぐに見抜かれてしまう。だからと言って大人と同じものを与えても子どもには理解できない。一人前の相手として子どもを尊重し、そこに向けてきちんとモノ作りをすることが大事なんだ」。
 原文が手元にないので不正確な引用ですが、主旨は違っていないと思います。

「子ども相手のマジックはやりにくい」という嘆きがしばしば聞かれます。子どもはすぐに気分が変わりますから、長時間集中して演技を見続けることができません。礼儀を守らず遠慮もなく感じたままを口にしますから、それは以前も見たのタネがわかったのと大声で騒ぎ立てることもあるでしょう。愚痴をこぼす人の心情も容易に想像できます。ですがこれらはすべて、観客である子どもの側に原因があるのでしょうか。

子どもにマジックを見せる際に留意すべき事柄は、上に引用したやなせ氏の言葉にすべて含まれているように思います。すなわち「子どもを尊重する」とは「対象年齢が低いことを前提として、そこに向けてきちんと構成された演技」を見せることなのです。そのための方法論はさまざまにあるでしょう。ですから、大人向けの手順に何ら工夫を加えずに演じ、それが理解されないことを理由に「子どもにはマジックを楽しむ能力がない」などと結論づけるのは、演じる側の傲慢だと考えます。

さらに言えば「子ども向けに演技を構成する」とは、演技のレベルを落とすという意味ではありません、すべての演技は同じ真剣さを持って行われるべきであり、子ども相手だからと言って手抜きは禁物です。まずこちらが相手を一人前に扱いまっとうな態度で相対することが、結局は演者にとっても満足できる結果を得る近道なのではないでしょうか。

さて、こういった諸々の理屈があくまで机上のものであることを、私もよく知っています。子どもと真剣に向き合うべく万策を尽くしてなお、傍若無人な態度で演技の中断を余儀なくされる場合もきっとあることでしょう。そのときには躊躇なく「これだから子どもは〜」という言葉を口にして構わないと思います。深いため息とともに…。