■ 古典作品が伝えるもの

『Jennings '67』(Richard Kaufman/Kaufman and Company)という洋書を購入しました。初版は1997年ですからさほど新しい本ではありません。それどころか収録されている作品は書名が示すように古くは60年代後期の手順であり、それらはもはやSemi-Classicと言ってもよいでしょう。かれこれ30〜40年を経過した作品が整然と書籍に収められ、そのページがごく当たり前に目の前に開かれている状況は、私にしばし不思議な感慨を抱かせました。

芸術や文学の分野には何百年もの時を経た作品が数多く残っていますから、ただ古さだけを言うのならば30年はさほど重みのある時間ではありません。しかしそれらがすでに完結し鑑賞の対象となるのみであるのに対して、マジックには手順を習得し自分の手で再現することで新たなPerformanceを現出できるという、他に類を見ない特徴があります。この点において、マジックの古典作品は芸術や文学とはまた異なった意味で「古びることがない」と言えるのではないでしょうか。

傑作と呼ばれるマジックの古典に触れるとき、私たちはしばしばその悪魔的な狡猾さに驚愕し、同時にその芸術的な合理性に陶酔の念を抱きます。真に価値ある作品・手順・技法を探すなら古典にこそ目を向けるべきという考え方に異論は少ないでしょう。偉大な先人たちが長い時間をかけて磨き上げた宝石のような作品の数々。ごくわずかの対価と手間を惜しまなければ、数多の叡知が結実したそれらのほとんどを私たちはごく簡単に手に入れることができますが、あらためて考えるとこれは非常に贅沢なことではないかと思うのです。

『Jennings '67』が刊行されたその年に、Larry Jenningsは没しました。しかし単なる愛好家に過ぎない私でさえも、現在、書籍という形で天才の真髄の一端に触れることができます。私ごときはせいぜい背筋を伸ばしてその足跡をなぞるのみですが、才ある人であればそこから新たな刺激を受け、さらに次代へのClassicを生み出す糧ともしうることでしょう。