■ 森 博嗣氏の評価基準

講談社から刊行されている『森 博嗣のミステリィ工作室』は、日本のミステリー界において新本格の騎手である森 博嗣氏が、これまで影響を受けた作品群や自著についての解説を行った一冊。その第一部は「森 博嗣のルーツ・ミステリィ100」と題し、森氏がセレクトした国内外の100作品にそれぞれ短いコメントを付した章になっています。その選定にあたって、氏は作品に点数を付けることを編集部から要求され、5つのポイントを設けたと述べています。そのまま引用すると、

衝撃(impact)読んだときのびっくり度
独創(unconventionality)新しさ、オリジナリティ
洗練(sophistication)作品としての完成度、知的度
感性(sensibility)感覚的な鋭敏性
残留(reminiscence)心に刻まれる深さ

の5項目です。ミステリーもマジックも、Misdirectionを効かせた伏線を張り、客(読者)を誘導して予想外のクライマックスに導くという構図は共通しています。それもあってか、これらの項目はマジックの演技を評する際にも非常に有効な基準になりそうだと私は感じました。

「独創」では演技のオリジナリティのみならず、現象を実現する原理の新しさも考慮されるべきでしょう。また「洗練」は、文字どおり手順の完成度や無駄のない美しさを、「感性」は考案者や演者のセンスを問うものです。以上すべての要素を包括した上で、その演技が客に与える「衝撃」、そして「残留」する印象が評価されると考えてみてはどうでしょうか。さまざまな作品や演技をこの基準に当てはめてみるのは、マニアにとっては興味深い遊びになると思います。

さて、かくも詳細に分析してなお、森氏は同書の中で「自分の中での順位付けは明確だが、それが他人にとって価値のあるものだと思えない」ことを理由に、「本稿の点数も、あなたにとって価値や意味のある数字ではないだろう」と付記しています。これもまた、マジックにおいても然りでしょう。

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(参考)
『森 博嗣のミステリィ工作室』(森博嗣著/講談社文庫)2001