■ 何も持っていないということ

『Coin Classics Volume 1(The Greater Magic Video Library Teach in Sessions/Stevens Magic Emporium)』というビデオに収められたJ.B.Boboの演技を見ました。Boboと言えば名著『Modern Coin Magic』で知られる、コインマジック界の始祖ともいえる存在です。その演技はさすがに緻密に計算された完成度の高いものでしたが、私にはいくぶん気になる点が残りました。それは、コインを消したあとにBoboが何度もパンパンパンと手を打ち合わせていたことです。おそらくこれは「手に何も隠し持っていませんよ」というアピールなのでしょうが、私はこれにいかにも古くさい印象を感じてしまったのです。

マジックの基本的原理の多くは数十年、いえ数百年前からほとんど変わっていないと言われますが、一方演出の方法や客と向き合う姿勢などは、実はかなり変わってきています。18世紀頃のマジックを現在のそれと比べてみると、観客に検証させる部分が非常に多かったことがわかります。つまりレギュラーデックであることを確認させ、それを存分にシャフルさせて、そこから演技がスタートするといった具合でした。ですからSpread Cullなどの技法の重要度がしぜん高くなっていたわけです。

現在ではそういった考え方はずいぶん変わってきており、Al Bakerの有名な言葉「追われていないのに逃げてはいけない」に象徴されるように、必要以上に客に検証させることを是としなくなっています。これはマジックに対する認識が、奇跡の顕現から不可思議なEntertainmentの提供といった性質に移り変わってきたことによるものでしょう。

話を戻します。両の手を打ち合わせるBoboのアピールは現在の基準に照らした場合、やや大げさにすぎます。マジカルジェスチャーとして、コインをPalmingした手の指をパチンと鳴らしたりすることは今でも行われていますが、そういった装飾的な動きは節度をもって、あくまで不自然さを感じさせない程度にとどめておくべきではないでしょうか。「何も持っていないことをアピールしてはいけない」といった考え方が現在の主流であろうと私は感じています。