■ 能装束を仕立て直す

「現代の名工」にも選ばれた能装束の織り職人、山口安次郎氏のインタビュー記事を読みました。能装束は作られてから300年以上を経たものが現代の舞台で使われることもあるそうで、それほどの時間を経ると当然色も褪せますし、身にまとって動きますから損傷も起こります。山口氏はそのような古来の装束を修繕し、また必要に応じて現代に適応した新しい装束の創作なども行っているのだそうです。

「昔、装束を織っていた頃の舞台は、今みたいな明るい照明機器はありまへんやろ。恐らく能役者は蝋燭の炎みたいな薄暗い照明の中で舞ってたんやと思います。ですから、そんな光の中でも華やかに見えるよう、当時の装束の色彩はかなり派手やったんです。今は照明がよくなっておりますやろ。当時のまま再現したんでは明るすぎます」
 この一節は「能というのは頑として古い伝統を守り続けていく、変化の乏しい芸だ」と思いこんでいた私の無知を、軽々しく吹き飛ばしてしまう言葉でした。言われてみれば当然のことなのですが、つまり進化する舞台事情を考慮して、装束の色味や素材を現代風に調整していくことが重要だという主張なのです。

話を移しましょう。猛烈な勢いで変化する世間の多くの事象に比べれば、クロースアップ・マジックの進化はきわめて遅々としたものです。それどころか、多くの基本的なSubtletyはすでに数十年前に完成されており、現在ではその枝葉を改変するのみで、抜本的な革新を期待しにくいと言っても過言ではありません。そんな中でもっとも変化が見られるのは、演者ではなく観客側の感覚、とりわけそのスピード感ではないでしょうか。例えば「Four Aces Assembly」「Coins through the Table」といった同じ動作が繰り返される手順で、発生した現象を懇切丁寧に逐一確認するようなやり方は、現在はあまり好まれないのではないかと思います。

クロースアップ・マジックの世界においても、先人の偉業に敬意を払うべきであることは言うまでもありません。が、しかしそれは必ずしも「常に原案どおりに演じる」ことと同義ではないと考えます。古典作品の高い完成度に甘んじることなく、適宜、現代風のアレンジを施していくことが必要なのではないでしょうか。そしてその際、作品の持つ個性を殺すことなく時代や環境に合った手順に仕立て直すことは、新作の創造に匹敵する能力を要する作業だと思うのです。

----

(参考)
山口安次郎氏インタビュー 『Link Club Newsletter 』Vol.109 2004