■ 要はセンス、なのですが・・・

クロースアップ・マジックでは、台詞や演出で現象を効果的に引き立てることができます。「ボトムにあったはずのカードがトップに上がってくる」という現象自体がすでに十分不思議なわけですが、デック全体をビルと想定しエレベーターに見立てたカードがその中を上下するといった演出を加えることで、演技にグッと面白味が出てきます。またその際、エレベーターにまつわるちょっとしたエピソードを台詞に盛り込むことで、観客の緊張を和らげスムーズに演技に誘導することができるでしょう。

にもかかわらず書籍でマジックが解説される場合、技法の説明には多くのページが割かれるのに対し、非常に重要なこの台詞と演出の解説が素っ気ないものである場合が多く見られます。それはけっして不親切がゆえなのではなく、必要最小限の台詞しか口にしないことが神秘的なイメージにつながるマジシャンもいれば、同じことをしても無愛想な印象を与えてしまう人物もいるように、万人にとって効果的な演出はないからというのが最たる理由です。

しかし、あまりに不親切な風潮に業を煮やしてか、最近出版されたマジック入門書の中には演出のアドバイスを多く含んだものが散見されるようになりました。私はこれを親切でよい傾向だと考えています。センスある人の台詞・演出は誰の真似でもない魅力にあふれています。しかし誰もが自分のキャラクターをカッチリ確立し迷いなく振る舞えるのであれば、世の中からファッション雑誌はなくなってしまうはずですよね? オシャレの初心者がまず雑誌のモデルをお手本にするように、マジックの初心者も最初は入門書の台詞どおりに演技をしてみるのがよいのではないでしょうか。

さて、ファッション誌に掲載されている洋服を実際に購入していざ鏡の前に立ってみたら、雑誌のモデルとはどうも雰囲気が違っている(笑)、という経験のある人は多いと思います。これはその洋服が自分に合っていないことが理由ですが、しかし長い目で見ればこれは「合っていない」経験を多く積むことによって、だんだんと似合う服を選べるようになるということでもあるでしょう。ファッションもマジックも前述したような理由で、他者から提示される演出は最大公約数にすぎず「要は自分のセンスである」という点では共通しています。ですが、自分なりのスタイルが確立できるまでは解説どおりの演出を採り入れてみることもけっして無益ではありません。