■ タネも仕掛けもありません

「取り出しましたるこの道具、タネも仕掛けもありません」とは、ひと昔前によく聞かれたマジックの口上です。しかしこのように説明されたところで、本当に道具に仕掛けがないと素直に信じる客は少ないでしょう。むしろ逆に「ああ言うからには、やはり仕掛けがあるんだな」と推測する人が大多数だと思われます。それを考えれば、演技の前にこの台詞を言うことは今や逆効果なのかもしれません。

現在これほど大仰な台詞を使う人は少なくなったでしょうが、演技に使う道具を事前に客に渡して怪しい部分がないか調べてもらうことは、今でもふつうに行われています。しかし客に道具を手渡すことは、現象の不可能性をより高める一方で、それをしなければ発生しなかったいくつかのデメリットを生じさせる危険性をも含んでいるのではないかと思います。

例えば
1、不審な点を徹底的に検証させることで、客が演技の主導権を握っていると錯覚させてしまうこと。
2、タネの有無に言及することで、それを見つけることが主眼だと客に誤解させる可能性があること。
3、そこに仕掛けがないのであれば〜、という消去法によって、無用なタネの推測を助長してしまうこと。
などです。

マジックにおいては、演者が消極的に客を掌握し続けていることが重要です。優秀な演者は「余計な口を差し挟んだり、急に手を伸ばしたりするのはご遠慮ください」といった無粋な警告を発することなく、ごく自然に場の主導権を握る能力を持っているもので、これが適切に行われていれば、演者の想定を超えて客が道具を調べたがったりすることはありません(いささか理想論ですが…)。

演者の側からタネの話題に触れることは、それがどのような言い方であっても得策ではありません。道具の仕掛けに関する客の疑念を払拭したいのであれば、コインを客から借りる、最初にシャフルを手伝ってもらうなど、スマートな方法が他にいくらも考えられます。超能力実験を開始するかのような「気が済むまで調べてください」といった台詞を必要以上に強調することは、不思議を客に供するEntertainmentとしてふさわしくないと私は考えます。