■ 身の内の財は朽ちることなし。

上田秋成 『諸道聴耳世間猿』


ふつう「財産」といえば現金や宝飾品・不動産などを思い浮かべるでしょうが、そうではなく目に見えないかたちをとった財産もあります。例えば信用を基盤とした人脈であったり、滅多に遭遇できない貴重な体験であったり、モノを判断する眼力であったり、といった具合に。マジックの世界では、反復によって獲得された手練の技術などがこれにあたると考えます。本当に気に入った手順を何度も何度も練習し磨きをかけていくことで、その作品または技法が自分の財産になるのだと言えるでしょう。

例えば、Zarrow Shuffleを完璧にこなすことができれば、それは非常に大きくそして貴重な財産になります。技法は他者にひけらかす種類のものではありませんから一般の観客にそれと知られることはありませんが、こういった財産を持っている人の演技にはしぜん余裕も生まれ、その雰囲気はときに演技のニュアンスをも左右します。

時間の洗礼を受けた古典的な技法は、多少のことでは価値を減じることがありません。一過性のブームに乗った珍妙な技法を覚えたり汎用性の低い道具を買い漁るよりも、真に有効な古典技法を1つ修得するほうが、長い目で見ればはるかに価値があることに気づくべきでしょう。

この一節を書き残した上田秋成は『雨月物語』の作者として広く知られる人物ですが、彼は読本作家にとどまらず、国学者でありながら歌人であり、医業にも能力を発揮するなどその才能は非常に多岐に渡ったと伝えられています。そういった人物の口から語られた「財産」の言葉は、今なお特別な重みを持っているように思えます。