■ 盗んだ水は甘い。

『旧約聖書・箴言』


ある人が外出先でマジックを見せられ、心底驚きました。どうしてもタネがわからず、帰りの道中ずっとそのことが頭から離れません。ですが、帰宅後パソコンで「タバコ コイン 貫通」を検索すると膨大な数のサイトがヒットし、それらを読んでいたら、道具さえ購入すれば簡単にできるマジックだということが“わかって”しまいました。

たとえ話ですが、上のような事例は現実にままあることだと思います。たいていの情報がネットワークを経由して容易に入手できる時代。換言すれば、不思議を不思議のまま放置しておけない世の中だとも言えるでしょう。すべての事象を白日のもとに引っ張り出してしまうデリカシーのなさは、その利便性と両刃の憂うべき事象だと思います。

かつてマジックのタネを入手する喜びは、限られた愛好家のみが知る蜜の味でした。一般の書店には並ばない濃い手順が掲載された冊子や、特別な店でしか手に入らない製品の購入者は、さながら魔法使いから禁断の秘薬を譲り受ける心境ではなかったかと思います。また、海外のメーカーから書籍や製品を取り寄せるには知識や語学力も必要で、これも簡単なことではありませんでした。ほんのひと昔前まで、マジックのタネはたいへんな努力を払って手に入れるものだったのです。

往々にして、容易に入手できたものを人は大事にしませんし、魅力もさほど感じません。マジックのタネを必要以上に崇める志向は私もどうかと思いますが、やはり「盗んでまで手に入れたい」ほどの気持ちで得た知識や製品のほうが、より自分の血肉となるようには思います。