■ 恋愛は人生の秘鑰なり、恋愛ありて後人生あり。

北村透谷 『厭世詩家と女性』


秘鑰(ひやく)とは「秘密を解く鍵」の意。ここでは「恋愛が人生の真の歓びを知る手がかりになる」といった意味でしょうか。古今の文学や芸術の多くが恋愛に題材を得、その内容に人々が多大な影響を受けてきたことは、今さらここで述べるまでもないでしょう。

それに対し、パズルやマジックは人生において本来まったく必要のない、が、しかし愛好家にとっては抗しがたい魅力を持った趣味です。無駄を嫌い効率を重視する多くの常識人からは共感を得られないでしょうが、困難や不可思議をEntertainmentとして捉え、嬉々として時間を費やす人種がたしかに存在しているのです。まったく屈折しているという揶揄には反論の言葉もありません。

しかし元来「秘鑰」とは、そのようなものなのかもしれません。朴念仁に恋愛の素晴らしさを懸命に説いても、たいていは徒労に終わります。同様にマジックに関心のない人に対して、あえてその醍醐味を教えてあげる必要はまったくないと考えます。 パズルを好む人は条件を満たして論理的に完結する美しさを、マジックを愛する人は堅固な常識の壁を突き崩す快感を知っているはず。それだけで十分ではないでしょうか。