■ 井蛙は以て海を語るべからず。

荘周 『荘子』

井戸の中の蛙に、見たことのない海の話をしても理解できない。


井蛙は「せいあ」と読み、文字どおり井戸の中にいる蛙のこと。自分の置かれた環境を唯一絶対のものとして、そこでの完結を是とするのではなく、広く外の世界を見よということです。「井の中の蛙、大海を知らず」という表現のほうがなじみがあるでしょうか。

手間を惜しむことさえなければ、マジックの世界で井戸の外に出るのは思いのほか簡単です。然るべきコンベンションやレクチャーに足を運べば容易に他の愛好家との交流を持てますし、なにより一流の演技を間近で見ることができます。アマチュアとプロがこれほど近い距離で接することのできる業界を私はほかに知りません。しばしば言われることですが、紳士的にアプローチする限り、マジックの世界への扉は常に開かれています。

と、ここで筆を置いたら、さして見るところのない毒にも薬にもならないコメントでしょう(笑)? ですからあえて天の邪鬼的な解釈も述べておきます。

古い手順は時代遅れで、新しく発表された作品こそが優秀であるといった誤解があります。しかしそれはまったく逆で、むしろ年月の洗礼を受けてなお生き残っている作品のほうが優れている場合が多いと言っても過言ではありません。次々と新しいトリックに食指を伸ばし、新奇なGimmickを買い漁るばかりで古い作品には見向きすらしない人は、一見広く知識を求めているように見えて、実は何も手に入れていないということも多いのです。

その逆に、古典的な手順のいくつかを宝石のように磨き上げ、そのすべてが非常に高いレベルで完成されているという人もいます。最新の情報を特に求めないという意味で、こういった人は井戸から出ているとは言い難いわけですが、マジックの世界においては稀に、井戸の中で非常に優れた蛙に出会うことがあるというのもまた面白い事実です。