■ 噂は、それを語る人によって、ひとびとは信じるか信じないかを決める。

司馬遼太郎 『項羽と劉邦』


松田道弘氏は、著書『メンタルマジック事典』の中で以下のように述べています。「もし奇術の至上目的が観客を驚かせることだけにあるとするなら、メンタルマジックは客に与える心理的ショックの大きさにおいて、究極の演出形態であると言えるだろう」と。「さとるの化け物」の民話を例に出すまでもなく、心を読むという演出が人間の原始的な恐怖感を刺激するのは明らかで、これが不思議を現出する上できわめて有効な切り口であることは確かです。

客の目に見えない部分で洗練されたSecret Moveをこなすという点が、マジックを「演じる側の」醍醐味の1つだと私は考えています。Sleightによって達成されるそれらとは違い、メンタルマジックの場合は客の頭脳・想像力の中でその「仕掛け」が行われるわけですが、話す口調や間の取り方、視線や身のこなし、最終的にはそれらすべてを含む総合的な雰囲気といった、いわば演者のPersonality全体で現象を成立させるのですから、ある意味どんなSleightより難しいことだと言えなくもありません。

マジックのタネの多くは非常に単純な原理の組み合わせであり、それらを一級の不思議に仕立て上げるためには客の心理を確実に掌握していることが不可欠です。Cardicianがデックを自在に操るのと同様、Mentalistには客の感情を望む方向に制御する能力が求められますが、もしそれが優秀な演者によって完璧に行われたとしたら、その演技が客に与える衝撃は奇跡と同等のものになるでしょう。