■ 山に登るに正路をもちい、水を飲むに直流をもちう。

孟郊 『送丹霞子阮芳顔上人帰山』

頂上に早く着こうと焦って脇道を行けば道に迷い、渇きに耐えかねて濁り水を飲めば体を壊す。当たり前の方策がやはり最良である。


古典技法の多くはまさに「正路・直流」というべき、非常に直接的な原理で成り立っています。例えば、デックの中程から特定のカードをトップに移動させたい場合、「1、デックの横からカードを抜き取って(Side Steal)トップに置く(Palming off)」「2、そのカードのところで分け、デックの上下を入れ換える(Pass)」といったMethodが、物理的にもっともストレートでシンプルな解決でしょう。

Secret Moveに対する現在の考え方は、「いかに気づかれずに実行するか」よりも「理屈の通った動作の陰にいかに忍ばせるか」に重点が置かれていると、私は感じています。誤解を恐れずに言えば、Secret Addition、ATFUS Move、Double-Cutといった比較的新しい技法が、繊細であるかわりに理屈っぽく、演者に対しても客に対しても何らかの説明(よく混ぜるとか、あらためて確認するとか)を要するのに対し、前述したような古典技法は単純さゆえの圧倒的な力を持っていると思うのです。そして「何もしていない(ように見える)のに現象が達成される」前者の表現が、より魔法に近いことは疑いありません。

数十年、数百年をかけて磨かれてきた古典技法の価値が、この先の数年で減じることなど絶対にありません。修得に時間をかける価値は十分にあります。