執務からの帰り道、声を掛けてくれたのがミロだったこと。
わたしは嬉しく思う。


数種類の食べ物と缶ビール。
袋が破かれて広がったポテトチップ。
背の高いスピーカーから流れるスローテンポな音楽。
ミロが用意してくれたこの空間が”ささやか”と表現されるものでも
沈んだ私の心に暖かい光を灯してくれた。

「で・・・。原因は何なのかな?」
「と言いますと・・・?」
「隠すな。」
ビールを口に含みつつ、鋭い眼光を私に向ける。
「結論から言うと、・・・聖域を・・・離れようかと。」
「何故?」
「驚かないんだ」
チラリとも心の内を顔に表さないミロに少しがっくりした。
「驚いているぞ・・・。それで何がをそんなふうに思わせる?」

「ん・・なんて話せばいいのか。」
理由を話すには躊躇われて。半分以上残っているビールの缶を
クルクルまわすだけで、時間が経っていった。
「くだらない理由だと結論づけるのはまだ早い。言ってみろよ・・・。」
「ミロにはその時々で私が何考えてるのか、わかっちゃうの?」
「本人からすれば、深刻な時もあるだろう。」
次々に浮上する不安を一つ一つ取り除いてくれた。

「あの・・・理由なんだけど、」
「ん。」
「女神やミロたち聖闘士は、自分たちの命をかけて地上の平和を護ろうとしているよね。」
「あぁ・・・」
短い相槌の中にも私が何を言わんとしているのか、読み取ろうとしてくれている。
「だから・・・何だか私だけ無用な存在みたいに思えて。ここで聖域の執務をこなして、
女神が総帥としての仕事を、ギリシャでもできるシステムを構築する・・・。
別に命懸けでもなく、はっきり言って誰にでも出来る仕事。」
思っている事を伝えるべく、言葉を探す。
「・・・で?」
「で、自分は今までそれなりに必死でここまで生きてきたって、・・・そういう自信みたいな
ものがあったのに。ここには自分以上に必死で毎日をたたかって・・・、目的の為に
命をかける人たちが沢山いて・・・。」
「ん。」
「何の為に私は生まれてきたのか?この人生の中で、私は何が命を掛けられることって
何だろうって・・・。」
小さく溜息をつく。

BGMだけが、時間の流れをしらせる。
ミロはしばらく考えていたようだったが、やがて口を開いた。
は聖域での仕事に生きがいを感じない?」
優しいが、寂しげな瞳で答えを求めてくる。
「生きがい、・・・は感じる。やりがいかな?」
「じゃそれでいいんじゃないか?」
「でも、女神やミロたちと比べると、懸命のなり方が違う気がする。」
「人それぞれやっている事は違う。守っている物も違う。
は命懸けがいいのか?」
「自分がここにいる理由が、みんなを知れば知るほど、・・・なくなっていく。」

 私の存在価値ってなんだろう。
 ・・・ミロを好きになった。

 それ以外に自分をかけられるものって?
 

「日本にはサラリーマンというのがいるそうだな?」
何でそんな言葉が出てくるのか、拍子抜けしてしまった。
「は?」
「まぁ、とにかく・・・そのサラリーマンだが・・・。」
ミロ自身、変な切り出し方をしたと思っているのだろう。いささか顔が赤い。
「会社で一日仕事をし、給料をもらって家族を養うわけだ。」
「そうだね。」
「会社でコキ使われて、疲れて帰ってくる。そんな毎日の繰り返しだ。
いやそれが一生になるのかもしれんが・・・。
とにかくだ、やり方は違っても彼らは自分の家族を守っているんだ。
彼らなりのやり方で。今出来るやり方で、守るべき者に幸せを運ぼうと
毎日を生きてる、必死でだ。」
必死で。心をうつ言葉だ・・・。
遠いところに存在する現実に思いを馳せる、そんなミロの姿に見惚れた。
「彼らは気づかんかもしれんが、必死で誰かを守るために”生きてる”んだ。
自分の身をすり減らして頑張っている。それぞれは、だれの目にも留まらない
最小単位の存在かもしれないが、命懸けで生きてる。
家族という集合体のなかでも、今の自分のあり方を必死で生きてる・・・。」
ミロは一旦話を切って、私をみつめた。
「だから・・・だって必死で生きてる。気がつかないだけだ。」
「ミロ・・・」
「うわっ。下手な励まし方?」
ふと視線をそらして、ぽりぽりと鼻の頭をかいた。

「オレはが中途半端に生きてるなんて考えたことないぞ。」
「ミロがそう言ってくれるだけで、元気でるよ・・・。」
「一人一人に与えられたこの世界での役目は違うかもしれない。
だが、神は・・・女神だな・・・命を、人生をまっとうしろといっているはずだ。」

世界を守った人からの言葉。重みがあった。
「そうか・・・。思い返せば、命懸けの瞬間が一度たりともなかったわけじゃないよね。」
「そうだ。それに懸命になりたいから、小宇宙を燃やしたいから、目の前の仕事を頑張るんだ。」
「今やってるコトを・・・?」
ミロ、あなた自体が希望みたいだね。
「うん。本当にやりたい事がわからないから、今ある事をやってみる。やっていたら、何かが
みつかる。そうやって模索している時だって”、ある意味”命懸け”だろ?」
ビールを飲み干すと、私をみてウィンクした。

「少し元気でたかな・・・。」
「すこしぃ?まだ何かあるのか?、あらいざらい全部言ってしまえ!!」
そう言って二人の座る距離をつめた。
膝を抱えてソファに座るすぐ隣に、ミロがさりげなく腰をおろした。
「でも、そういう最小単位の家族やら何やらを守っているのも、ミロたちであって・・・。
つまり、私たちより遥かに大きな存在っていうか・・・。メタな存在?」
そんなしょうもない発言をした私を、呆れた様に睨む。

「はぁーーーーーっ。バカか、は?」
「バカって、ひどい!!」
「だってバカだぜ・・・」
再び大きな溜息をついて、いかにもがっくりした様に頭を垂れる。
そんなミロの表情を長い金髪が隠す。
「な、なによぉ。」
「わかんないなら言ってやるが・・・」
くっと顔を上げて、わたしをみた。
だって、メタな存在だ。」
「わたしがぁ?」
”ありえない”と手をヒラヒラ振ってみせる。
「聖域にとっては。」
照れを隠す為に動かした手をきつく握る。
「そう、何よりオレにとって、はなくてはならない存在だ。」
自身に満ちた瞳で言ってのけた。
「やだ、ミロ。励ますにしたって、大げさ過ぎ・・・」
に聖域にずっといてほしいから、言ってるんだ。
の存在があるから、どんな戦いも恐れない。
女神と同じように、俺たちを優しく包んでくれるがいるから・・・
俺たちは、オレは・・・・立ち向かっていけるんだ。」
励ましには十分すぎる。
とりようによっては、もはや愛の告白だ。
「だからは、地上を守る俺たちを見守る、メタな存在だ。」

いつの間にか音楽は消えていた。
時計がカチコチ時を刻む。
ふたりともこの状況をどうとったのか・・・。
「ミロ、・・・それじゃなんだか・・・・。」

手を握られたまま・・・・
顔はありえないくらい接近してる。

「そうとってくれて構わない・・・。」
ミロの濃い視線に負けそうで、移動して精一杯距離をとろうとした。
だが、どうやら許されそうにない。
「ミロには、考えてること何でもわかっちゃうんだ・・・。」
を愛しているからな・・・。」
自分の自惚れと片付けようとしていた言葉を、ミロの口からきいた。
「悩み相談が、愛の告白タイムになってるよ、ミロ。」
「構わないだろう?」
もう抵抗する事は出来ない・・・。
「うん。わたしもミロが好きだから・・・」
微笑んだ私を見てミロが応える。







あなた以外の私の存在意義・・・・
すでにあるかもしれないし、これから生まれてくるかもしれない。

でも今は、
聖域で執務をこなす私、あなたと出会えた私、
それでいいかもしれない。



執務からの帰り道、声を掛けてくれたのがミロだったこと。
わたしは嬉しく思った。



自分ではみえなかった、わたしの存在意義を教えてくれたのがミロだったこと。




わたしはとても嬉しく思った・・・・













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