買い物に行きたいといったのはわたし。
わたしは大人。ひとりで買い物くらい行ける。
なのに・・・・

「どーしてカノンがついて来るのよっ!」

膨れるわたしをおいてさっさと階段をおりていく。
「早くしないとおいて行くぞ。」
そう言って振り返るカノン。
目には茶色のサングラス。
それでも真夏の太陽が眩しいのか、目を細めてる。


 もう、そんな表情でわたしを見ないでよ!
 どんな顔しててもカノンはかっこ良く見えちゃうんだから!

「ほら、早く来い。」
「うるさい!ついて来なくていいって言ってるでしょっ!」

 嘘。ホントはね、嬉しい。
 友達としてでも一緒に出かけてくれるのが。





「ったく。歩くの遅いぞ、は。」
「しょーがないでしょ、歩幅違うんだから!」
アテネの町へ続く道路わきに車が止めてある。
買い物に行こうと思って女神にお願いして貸してもらったもの。
出かける準備をして聖域の階段を双児宮までおりて来た時
カノンとばったり会って、一緒に来ると言ったのだ。

「おい、車の鍵貸せ。」
「いいよ、わたしが運転する。」
運転席に乗り込みエンジンをかける。
「で、アクセルが真ん中でブレーキが右だよね。あっちがうっ。
ブレーキが真ん中でアク」
「かわれ・・・」
「大丈夫だよ。心配しな」
「いいから、かわれ。」

 カノン、睨まないで。

 真夏の風を追い越していく。 カノン、あなたの運転する車で。
 2人の髪が風にゆれて・・・
 心地いい、まるでデートしてるみたい・・・
 心の中ではそんなふうに思ってていいかな?
 ふたりデートするんだっておもってていいかな?カノン?

「何だ、にやけた顔して・・・?」
「べっ、別に!」
ぷいっと横をむいた私をみて、あなたはフッと微笑んだ。





「さて、はどこに行きたいんだ?」
「そーねー・・・」
「決まってないんなら、とりあえず俺の目的地について来てもらおうか。」
そういって車から降りると、スタスタと歩き出す。
「ちょっと、カノンの行きたい所って・・」
「ついてくればわかる。」










「だからってどーしてこーなるのーーーーー!!!」
「似合ってるぞ。」
「ひっ、ひどいーーー・・・」
「セミロングもショートもたいしてかわらん。」
「だからって、急に美容院に連れて行って人の髪きることないじゃん・・・」
私は短くなってしまった髪の毛を一房つまんで、
いじけた顔をした。
いくら横目を使っても、つまんだ髪の毛の先端を見ることは出来なかった。

 カノンに追いつくくらい伸ばすつもりだったのに・・・

にはショートが似合う。の雰囲気にもあってるし、
今日の服装にもぴったりだ。」
「確かに・・・まぁ・・・」
カノンがわざわざ美容師に注文して切らせた私の髪型は、確かに似合っていた。
「でも、そういうことは自分の彼女にすればいいことで・・・」



それからカノンはわたしを色んな所にひっぱりまわした。
爪のお手入れするお店、服屋に靴屋。
「ちょっと、わたしに払わせてよ!」
「いや、俺が払う。」
「何言ってんの!私の服だもん。」
「男に恥かかせるのか?」

わたしに買ってくれたはずのアイスをふたりで食べて・・・
「ひとの食べないでっ!」
「一口くらいいいだろうが。」

歩き疲れてカフェでひと休み。
「カノン・・・」
「ん?何だ?」
「カノン注目浴びてる。」
あちらこちらから、視線が飛んでくる。それは明らかにわたしにではなく。
カノンに。そりゃこんな美形、なかなかいない。
「ほら、。これも食べろ。」
「ん。おいしい。」


それからまた服屋だの何だの、歩き回った。
けど、買うものはわたしの物ばかり。
「カノン、わたしのばっかりじゃなく、カノンの行きたい所いこう?」
「いや。これが俺の行きたい所だ。」
「だってわたしの買い物ばっかり。」
は気にしなくていい。」
「そういわれても・・・」
さっきから買ってもらってばっかりだ。きがひけてくる。
「いくぞ。」
そう言ってまた一人で歩き出す。
「だってカノンに買ってもらってばっかり・・・。」
つっ立ったままのわたしにカノンが振り返る。
「彼女でもないのに悪い・・・。」
「自分好みのオンナに仕立ててるだけだ。」
「へ?」
まぬけな返事をしてしまった。
「自分のオンナだと明言しとかないと、悪いムシがつく。」
「わたしがカノンの・・・」
突然手首を掴まれ、ビルの陰に引き込まれた。
「ちょっ、カノン!」
建物の壁にわたしを押し付けると、片手でサングラスを外す。
は、今日から俺のオンナだ。」
「何言ってる・・」
「いやか?」
町のざわめきが遠ざかり、カノンの囁きだけを耳がとらえる。
「いゃ・・・じゃ・・・ない。」
「じゃ、決まりだな。」
「カノンっ!んっ・・・!」
彼の端正な顔がアップになって、唇が奪われた。


それからまたふたりで買い物をした。
カノンの手にもわたしの手にも沢山の紙袋がぶらさがってる。
それらが重くてどうにもしようがなくなった時、ようやく帰ることにした。
。眠いならねててもいいぞ。」
前方を見つつカノンは時々わたしの様子を気にして声をかける。
「やだ。カノンが運転してくれてるっていうのに。」
「無理するな。」
「・・・無理なんて・・・してない。」
どんどん下におりてくる瞼を持ち上げて、眠気と必死で戦う。
「いや。してるな。」
カノンは優しく微笑む。
そんな表情でさえ、今は良く効く眠り薬だ。
「寝てろ。」
そう言ってわたしの手を握ってくれた。
彼の指がわたしの手をなぞる。眠りへ誘うそうに何度も何度も・・・
時々わたしがきゅっと握りかえすと、カノンもまたこたえるように
握り返す。

 カノン、カノンの手がこんなに大きかったなんて知らなかったよ。
 運転しながら何度もわたしの寝顔みたでしょ・・・?
 そのたびにカノンの指に力がこもった。
 少しは可愛いだとか愛しいって思ってくれてる証拠かな?
 だとしたらうれしい。
 眠くなかったら、運転してる横顔ずっとみてられたのに・・・
 
次に目が覚めたのは、車を駐車場にとめた時だった。
夏の夕方も、これから少しずつ夜の闇へと変化する頃合いだ。
車の後部座席には買ってもらった服やアクセサリーの
紙袋が無造作に置かれている。
それらをいくつか持って、降りる用意をする。
「カノン、今日はどうもありがとう。」
「いや、俺も楽しかったぞ。」
サングラスを外して、長い髪をかきあげた。
「こんなにいっぱい買ってもらっちゃって。」
「前になんかの映画を見て
”こんなふうに買い物して沢山紙袋さげて歩きたい”って言ってただろう?」
自分でいっといて忘れたのか、という顔をする。
「まぁ、俺にとってはどうでもいいような事だが、
がしたいと言うのなら、叶えてやろうと思ってな。」
「カノン・・・」
「惚れた女のささやかな夢だ・・・」
夏の夕空に視線を移す。
「わたしの夢叶えようとしてくれてたんだ。・・・うれしいよ。」
「それで、満足できたか?」
「うん。もちろんだよ。」
「そいつはよかったな。」
カノンは車のキーを手でもてあそんでいる。
「ねぇ、カノン?今日わたしのもうひとつの夢も叶ったのかな?」
「なんだそれは?」
”結構照れる事を言おうとしてる”なんて思っていると、
顔が熱くなってくる。
「カノンが・・・好き。」
キーをいじくる音が消えて、夕闇の静けさだけがあたりをふたりをつつんだ。

「それは友達としての”好き”なのか?」
「ちがうよ。ずっとカノンのことが好きだったの。」
靴をぬいで座席に体育座りのように足を抱え込む。
なにかしていないと、正直な気持ちをそのまま伝えるなんて出来そうになかった。
「今日カノンと出掛けられて、嬉しくて。ずっと姿を目でおってた。
キスされたコトも、手繋いでくれたコトも全部。
カノンにしてほしいって思ってたコトなの。夢が叶っちゃったよ。」
言い終わったとたん、カノンは助手席に手をかけ近づいてくる。
は、俺の女になってもいいのか・・・」
嫌だとは言わせない甘い囁き声。
「嫌だったら髪切らせない・・・」
「フッ・・・」
「カノン。大好き・・・」
「愛していると言え・・・」
「言わなくても知ってるでしょ。」
「いや、言ってもらわなくちゃわからないな・・・」
そう言って短くなった髪に大きな手をまわして後頭部をおさえる。
カノンの甘い吐息が唇を伝わって流れ込んでくる。
・・・」
キスの合間に漏れる、わたしを呼ぶ声。
何度も角度をかえてキスをして、カノンを受け止める。
「俺は・・・を・・・愛しているぞ・・・」
唇を離すことなく、愛のことばを流し込む。
不規則に触れる柔らかさが、さらに熱を引き出す。
「カノン、あい・・して・・・る・・・」
背に手を回して”もっとキスしてほしい”とせがんだ。
それにこたえるように、すっかり力の抜けてしまった身体を
抱き寄せて膝に乗せる。
「もっとキスして・・・カノン。」
「ああ・・・」
こうしてわたしたちは暫くの間、互いの愛を確めあった。










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