「じゃ、シュラ。おやすみなさい。」
「あぁ。」
事が済んで、服を身に着けるとそう言って別れた。
私は彼をほとんど振り返らずに、そして彼もベッドから出ることなく。

 ”シュラ・・・愛してる。”
 ドアを閉めた後、そっと愛の言葉をつぶやいた。
 もし本心を知られてしまったら、この関係は終りを告げる。
 少なくとも、あなたにとってゲームでしかないのだから・・・。



ドアを閉めて暫くすると、足音が遠ざかる。
それを確認すると、ベッドから起き上がって淵に腰掛ける。

 ・・・。お前にとってこれは一時の気晴らしに過ぎないんだろうな・・・。
 もし俺が本心を打ち明けたら、この関係もおわるんだろうか。
 だが他の奴らとこんな事されるよりはずっとマシだ。
 が遊びでも俺を求めてくる限り、決して口には出すまい。
 「愛している」などと・・・。








ふたりがこんな関係になったのは数時間前のこと。
はアテネの町まで友人と飲みに行った帰り、巨蟹宮から出てきたシュラとばったり会った。
お互いに飲んでいた為、意気投合してシュラの部屋で続きをやろうという事になったのだ。
ほろ酔いかげんのは、階段を上る足取りもおぼつか無く。
つまづく度に
「おい、大丈夫か?」
「あははー。心配御無用!もう、上りなれてんだからねぇー・・・。」
そんな会話を繰り返しながら散歩を楽しんだ。




はシュラが好きだった。
けっしてうち明ける事はなかったけれど。
そんなところに、願ってもないこんなチャンスなのだが、本気をみせるのが怖い。

部屋に着くと早速シュラがお酒を用意する。
間接照明に浮かび上がる、革のソファ、テーブル、オーディオセット。
「なんか音楽かけてくれ。」
キッチンのほうからシュラの声がする。
「えー、シュラがやってよー。」
といいつつ、コンポに近づいてCDを探した。
あまり洋楽をきくことのなかったには、当たり前のように知らないモノばかりだった。
どれにしようか迷っているうちに、シュラがお酒などを持ってテーブルに並べはじめる。
ジャケットの雰囲気だけで一枚を選び、ディスクを取り出す。
部屋に置かれていたのは結構ご立派なコンポで、電源の他にも色々なスイッチがあり
にとっては音楽を聞くのも一苦労だった。
ふと背後にシュラの気配が近づく。
「なかなかいい選曲だ・・・」
からCDを取り、電源を入れる。
「再生はここ・・・」
振り向いたにシュラが柔らかく微笑んだ。






用意されていたのは、ワインばかりでなく。
「シュラって、自分でカクテル作るんだ?」
「まぁな。誰か来た時くらいだがな。ほら、できたぞ。」
「わーい。・・・・ん・・・おいしい。」
が注文した通り、アルコールはさほど強くなく、ピンクとミルク色の液体が分離した
桃の甘い香りの漂うカクテルが渡された。


シュラもが好きだった。

 こうやってチャンスが来るとは、今日は運がいい。

黒の光沢のある膝丈のワンピース、髪は軽くまとめて後ろでとめてある。
メイクは目元をいつもより丁寧に仕上げてあって、視線が強く感じられる。

 口元はグロスのせいだろうか?透明感があって、艶やかで・・・そして・・・誘われる。




お互い本音を話すことはなく、シュラのリードで会話がすすむ。
冗談を言い合い、シュラが自分に気を使ってくれる事に気分を良くし、
酔いが開放感を増幅させる。

そんな楽しいだけの時間が微妙に変化してきたのは、話が恋の話題になった時だった。
「ほう・・・はそんなにいろんな男と付き合ってきたのか。」
わざとらしく、感心したように言った。
「シュラこそ、泣かせた女はかず知れず、じゃないの?」
別に詳しく知りたいわけではなかったが、ちょっと過去を覗いてみたい気もした。
「まぁ、デスマスクほどではないがな・・・」
「うっ。認めてる。やなヤツ・・・。」
内心嫉妬したが声には表さない。
テーブルからカクテルを取り、口につけた。
「で、今好きな男はいないのか?」
シュラは気持ちを悟られないように話をふった。
「好きな人ねぇ・・・」
ドキリとしたのは
「いないよ・・」
酔いでとろけた視線が、一瞬クリアになる。
「そうか。」
「うん。」
「妙にきっぱり否定するな・・・」
さっきまでの会話で近づいたと思った二人の距離が、また元に戻ったような気になる。
そんなやるせ無さに、から目を逸らす。
「そう?」








お互いが自分のグラスに目を落として何分たっただろうか?
が再び話を始める。
「だって、男の人って迷惑なんでしょ?」
そっけなく言い放つ口調に、過去の痛手を感じた。
「何がだ?」
「だから、女の人の本気が。うざったいんでしょ?」
「そんな事はないだろう。」


「うざったいって言われたのか?」
「・・・・」





「電話するのは2,3週間にいっぺんでいい。会うのは1ヶ月に1度でいい。
やっと会えたと思ったら、やる事同じ。セックスばっかり。」
「最悪」
「自分の気持ちに素直に行動すると、うざいって言われる。
でも我慢すると、一緒にいて面白くないって言われて、利用される。」
「所詮それだけの男だった、ということだ・・・」

 は思ったより純粋なのか?
 何人と付き合っても上手くいったことがないようだ。
 男運も悪いが、大人の恋の駆け引きというのが・・・出来ないのかもしれない。

「決して男が悪いんじゃない。信じた私がバカだっただけ。」
”そんな感じかな”などと最後を締めくくって、自嘲的に笑う。

 その寂しげな瞳は、昔の思い出を映しているんだろうか?
 別れた男とのほろ苦い思い出を・・・。
 にそんな表情をさせる男・・・今は関係ないとはいえ、バカだと思いつつ嫉妬した。

話を発展させる言葉も、話題をかえる言葉もない。
ふたりとも静かに流れる音楽に展開を委ねた。




「あぁ、でも・・・男ばっかりがひどいワケでもないなぁ?」
何かを思い出すように、の視線は天井へと向けられた。
「なんでだ?」
「そんな関係ばっか続いたから、もう特定の恋人作るのやめて遊んでたし。」
一瞬ぎょっとする。
「遊ぶって・・・つまりはアレか?」
「そう。何とかフレンドってやつですね。」
「意外だ・・・」
「そう?」
と言ってわずかに微笑む
その瞳は酒のせいで潤いを増して、魅惑的だった。

 純粋?そんなわけない。
 もしそうだったら、男と遊びなんかするわけない・・・
 でも、には何か透き通った部分がある気がする。
 悪女、いや小悪魔?
 あてはめる言葉は思いつかないが・・・奔放な性質があるんだろう。
 しかし自身が、自分にそういう部分があると気づいてないから、純粋に感じられるのかもしれない。

 こういう女は嫌いではない。
 少し裏のある女というのもいいものだ。
 だが、困りモノだな。
 もし恋人同士になった時、こんな様子ではこまる。
 恋人になったのなら、自分だけを見ていてほしいものだからな。


心の中で、分析とありもしない展開を想像していると、再びが話を始めた。
「エッチすることだけは、よく覚えちゃったかな?」


「・・・そんな言葉を気安く口にするもんじゃない。」
「えー。どうしてよぉ?」
「”恋人いなくて、体がうずきます。誰か私として下さい。”って言ってるみたいだぞ。」
今まで優しかったシュラの視線が一瞬険しくなる。
「気をつけるんだな。」
そう言って、に指を突きつけ注意を促した。
シュラはソファをきしませ隣から立ち上がり、コンポからCDを取り出した。
ケースにしまうと、ラックから次を探してズラリと並ぶタイトルを指でなぞっていく。

そんな様子を見て、胸をなでおろす
まだオヒラキにするつもりはないらしいと・・・

 恋人いなくて、体がうずきます。誰か私として下さいって言ってるみたいだぞ。

 言いそびれてしまった。
 ”シュラにしてほしいの”と・・・
 遊びでもいい。
 本気をみせてフラれるよりは。
 遊びでも、ほんのひと時でもあなたを独占できるのなら。
 もう一度、チャンスがほしい。
 次こそ、誘ってみせる。
 遊びを断られたなら”冗談だ”と言ってしまえばいい。
 もう一度だけ・・・。

CDを探していたシュラは背中に視線を感じていた。

 エッチすることだけは、よく覚えちゃったかな?

 ”じゃ、俺が満たしてやろう。”
 言えなかったセリフのかわりに注意してしまった。
 いつも見ているも、今日俺だけが知ったも全部自分のものにしてしまいたい。
 純粋な一面には、紅い花びらをちらして・・・
 奔放な一面には、お前の体を切り裂くほどの愛を・・・
 もう俺しか見えないように・・・
 
 しかし、愛を求めないお前には迷惑なんだろうな。
 今度は俺が”うざったい”といわれるのだろうか?
 それなら遊びでかまわない。
 遊びであろうと、”シュラがいい”といわせるまでのこと。
 の欲望を満たすチャンスをもう一度だけ・・・。



3枚目のCD、11曲目。
話は簡単だった。
シュラのリードに会話の成り行きをまかせ、心に誓った通りふたりはチャンスをものにした。
シュラはに”ゲーム”という名のカクテルを捧げた。
それを飲み干して、契約をかわす。

 めんどくさいコト一切なしの、ベッドの上だけの約束・・・




 心は覆い隠したままの・・・




 
 苦しげに、そして切なげに、蒼い宙に響く吐息
 が愛を囁いているのだと・・・シュラは気づかなかった。

 力強く奪い去る腕、交わる事でしか現れない瞳の色、
 シュラが心を抱いているのだと・・・・は気づかなかった。



 







                                                         終










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