「暗いよぉ・・・こわいよぉ・・・・」


何故自分は暗い夜道をひとりで歩く事を選択してしまったのだろう?
「バカかもしんない・・・」
目の前に真っ暗な森が立ちふさがっていた。
こんな予定ではなかったのだ。
こんなに暗くならないうちに聖域につけると帰り道の距離を甘く見ていた。
「ここを通らなきゃ・・・ダメだよねぇ・・・やっぱり・・・。」
そうは頭で理解していても足が一歩を踏み出してくれない。
何しろ道を照らしてくれる懐中電灯なんて持っていなかった。
せめてそれがあれば、森を進むのにこれほどの勇気は必要としなかっただろうに。




は今日久しぶりの休日でアテネの街まで買い物に行っていた。
買い物はのストレス解消の大事なイベント。
家でじっとしているなんて、出来なかった。
それはいつもなら恋人であるミロが付き合ってくれて、荷物を持ってくれ帰り道も渋滞知らず。
光速で聖域まで帰ってこれたのだった。
が、
「ミロ、しょうがないよ。任務だもん。」
「いやしかし・・・・せめてアテネまで送らせてくれ。」
「無理でしょ。聖衣なんてきたカッコで一般人の前にでれるわけないじゃない?」
「むう・・・・」
「大丈夫、そんなに心配しないでよ。」
「でも帰りも迎えに行けないのだぞ!」
「それもしょうがない事。それに帰り道はムウがきてくれるんでしょ?」
「そうなんだけどさ、」
「ほら、遅れちゃうよ!行って!!」
「では帰りはムウに電話するんだ、いいな?」
「わかった!」








森に入ってから10分経っただろうか?
はまわりの音に注意しつつ今朝のミロとの会話を思い出していた。

特に帰り道を心配していたミロは、『帰りは必ずムウに電話して迎えに来てもらうように』
念をおした。
は小宇宙で会話することが出来ないから、連絡だけは電話で入れて
あとはムウと一緒にテレポートで聖域まできてしまえばいい。
「やっぱりムウに迎えに来てもらえばよかった・・・・」
思い浮かぶのはひたすら『何で言われたとおりにしなかったのか?』それだけであった。

「はぁ・・・・あとどのくらいなんだろう?」
昼と夜では感覚的に距離が違うものだ。
それに光速で移動しているわけだから、あまりひとりで通ったことのない道。
とにかく今日の決断は無謀というしかなかった。

まだ救いがあるとすれば・・・・
「人を襲う動物はいない、ってことだけだわ・・・・。」
それはサガからきいたことがあった。
唯一安心をもたらしてくれる情報だった。

とにかく急がなければならない。
歩くスピードが速くなる。
左、右、と出される足が丈の短い草を掻き分けた。
ザッ、ザッという自分の足音だけに意識が集中する。
前だけを見て・・・
ここを抜ける目印は・・・右側に風化した神殿の石がちらほら見え始めるはず・・・
そこまで行ければ・・・・
出口がみえれば・・・!


「ひっ・・・・!」
突然背後からぬうっと伸びた腕がの首をがっしりと掴んだ。
何者かが自分をどうにかしようとしている事に気づくまで数瞬、その間にも今度は胴に腕が伸びた。
締め付ける両の腕が身体を猛烈な力で後ろへとひっぱっていく。
頭の中でサイレンが鳴り響くように、すべての回線が混乱しはじめた。
「だれかあーーーっ!!」
それでもパニックを静めて、必死で助けを呼ぶ。
「くくくっ・・・誰もこねぇよ・・・・」
耳元に響く笑い声・・・
筋肉質な腕が男、それも訓練によって鍛えられた特殊な人だということが伝わってきた。
この周辺じゃそんな人は彼らしかいない。


必死で拘束を解こうとした。
「無駄だぜ・・・・なぁ?」
背後の男の声はに向けられたものではなかった。
脇の茂みから出てくる3人の雑兵たち。
「そうそう・・・・おとなしくヤラレてた方がお利巧さんだな・・・・!」
「はやくやっちまおうぜ・・・・!」
暗闇でも、自分を囲む男たちがどんなだらしのない顔をしているか、には容易く想像できた。
逃げなきゃ!という危機感が身体に走れと命令する。
「はなしてっ!!」
「あーあー・・・このお嬢さんまだあきらめてねぇ・・・」
「くくっ・・おとなしくしてろって・・・・!!」
足を払われて体勢が崩れたところを地面に押し倒された。
「いーねぇー・・・怯える表情って・・・そそられるぜ・・・!!」
首筋にせまる男の頭、そんな様子を面白く見下ろす残りの雑兵たち。
震える手で胸元をギュッと握り締めた。

こわいよ・・・!!
ミロ!たすけてっ・・・・!!

「ぎゃぁっ!!!」
醜い悲鳴に固く閉じた目を恐る恐る開いた。
すぐ目も前で自分の服に手をかけたままの格好で男はガクガクと身体を震わせている。
残りの男たちも、ひとつの方向に顔をむけたまま動きを止めていた。
「お、お前は・・・・!!」
「おい・・・・その汚い手を離せ・・・・・!」
聞き覚えのある声の響き。
「な、何だと・・・!」
「離せと言ったのが聞こえなかったのか・・・・?!」
ミロの姿を見れただけで一気に瞳が潤んでいく。
「黄金聖闘士・・・・の・・・スコーピオン様・・・・!」
自分たちの侵した罪に怒りを露にするのが、黄金のスコーピオンだとさとった時
を地面に押し付ける力が緩んだ。

「許さんぞ・・・・貴様ら・・・・!」
自分たちが目をつけた女が、ミロにとって大事な存在であると知るのが遅すぎた。
闇の中で金色の小宇宙を燃焼させる。
激しい怒りの為に冴え渡る瞳の色だけで浮き足立つ雑兵たち。
「ひっ・・・・!」
マヌケな声を漏らし彼らはミロの制裁から何とか逃れようと、逃げ出した。
雑兵といえど、それなりに鍛えられた聖闘士、逃げ足は速かったのだが・・・。

放心しているから数メートルも離れた時、逃がさんとするミロが光速で彼らの正面に回り込んだ。
「がっ・・・・!」
次の瞬間、一人目の雑兵の鳩尾に拳がねじ込まれる。
倒れるのを待たずに、残りの標的に怒りの視線を飛ばす。
このまま顔を見られずに逃げて、うやむやになり罪を問われなければいいと思ったのだろうが・・・・。
「うわっ!!」
残りの雑兵がまとめて蠍の餌食となる。
「貴様らは幸運だ・・・。」
「ス、スコーピオン様・・・・!」
「俺は女の前で人を殺したりはしない、それがどんな悪党でもだ・・・・!」
「お許しください、スコーピオン様!!」
「だからお前たちは降伏も死も選ぶ必要はない、少なくともこの場ではな・・・!」
「くそっ!!」
拳を振り上げた雑兵がミロめがて突進した。
残りの男たちが遅れながらも後に続いた、かなわぬ敵と知ってか・・・。
にはそこまでしか見る勇気がなかった。
目を瞑りさらに顔を逸らす。
ミロっ!!
耳に入るのは誰かの叫び声と、塊がぶつかり合う鈍い音。
ドサっと人の倒れる音が消え、あたりに静寂が戻る。

少しずつ目をひらいてみれば、そこにあったのは黒い山。
先程の雑兵たちが、気絶して一か所に折り重なっているのだった。
もちろんそうしたのは、ミロ。


!!」
「ミロっ!」
雑兵をあっという間に片付けると、戦闘の緊張が緩みミロはの無事を確認した。
「無事か?!何もされなかったか?!」
しゃがんだままのの二の腕をつかんで強く揺さぶった。地面に膝をつき目線を同じにして覗き込む。
「ミロ・・・大丈夫よ・・・」
の口がそう動くと、ミロの目から張り詰めていたものがさぁっと抜け落ちていった。
それに安心したのも束の間。

「馬鹿ヤロウ!!こんな暗い道、ひとりで帰ってこれると思ったのか?!」
「だって・・・ムウに迷惑かけ・・・」
自分を叱る表情に言葉が途切れた。
「帰ってこれるわけないだろう?!だから迷わないようにムウに頼んだんだぞ?!何かあってからじゃ
遅いんだ!」
「ごめんなさい・・・」
に、何かなんてあってほしくないんだ・・・。傷つけたくないんだ・・・。」
急に哀しそうに表情を変えたミロ。
どなられて半分反抗しかけた気持ちがどこかに消えていく。
「ごめ、んなさい・・・。」

「よかった・・・・!ムウからがまだ帰ってこないって聞いて探していたんだ!
をこの腕に抱きしめるまで、心配で気が狂いそうだった・・・・!!」
「ミロ・・・。」
容赦なく自分を抱きしめる強い力。
でもそうしてくれるのが、ミロだと思うと安心感が湧き上がってくる。

・・・・震えているな・・・・」
「ぁ・・・ほんとだ・・・・」
「何か・・・・手荒なマネされなかったか?」
ミロが本当に遠慮がちに尋ねた。震えの止まらないに忌まわしい出来事を思い出させるのが
たまらないといった感じに・・・・。
「それは大丈夫・・・・。・・・あれ?どうしちゃったんだろ・・・震えがとまらないよ・・・」
泣き出しそうなの声に、ミロは片手で背中をさすって『もう大丈夫だ』と優しく言い聞かせる。
もしっかりとミロの背中に手をまわしたが、襲われた現実を忘れる事はできなかった。

「本当に何もされてないか?」
「うん。」
そういってが身体を見てみると、多分押し倒された時に出来たのだろう。
腕に血が滲んでヒリヒリとした傷が出来ていた。
それを見たミロは自分のマントを掴んで力を込める。
縦長に避けた布を包帯にして優しく傷を包む。
ミロの伏し目がちな表情・・・腕に布を巻いてくれる彼の動作の繊細さに、
『この人はどれだけ自分を心配してくれたのだろう』と自分の軽率さを反省する。
「サガにヒーリングで直してもらおう・・・。」
闇に消えてしまいそうな声だった。
よりもミロのほうが、恋人を危険にさらしてしまったショックから立ち直れていないようだった。

「・・・・ごめんね・・・・?」
地面から立ち上がると、ミロは首を横にふる。
「いいんだ、行こう・・・」

「まだ、怒ってる?」
「いや、もう怒ってない。」
「ほんと?」
「ホントだ。」
声の方向をたどれば、いつものミロの顔が確認できた。


「でも、」
「?」
「これからはひとりでの外出は禁止だ。必ず俺がついて行く。いいな・・・?」
「・・・・お願いします・・・。」

ミロが一緒なら怖い事なんておこらない。
もし何かあっても、きっとさっきのように守ってくれる。
ミロはほんの少しの間何かを探るように神経を集中させた。

「ムウ、聞こえるか?!」
ミロはムウの小宇宙が流れてくる方角に視線をむける。
星空に声が響いて消える。
(小宇宙の高まりがあったようですが、は見つかったのですか?!)
ミロの脳内にムウの声が届いた。
「あぁ、間一髪だった。」
(無事だったのですね、よかった・・・。)
ムウの漏らした安堵の溜息までが感じられた。
「それで、このザコどもだが・・・・罰を与えねばなるまい。」
(それならまかせてください。私が教皇の間まで運びましょう・・・・)
「ふっ・・・シオンの罰か・・・恐ろしいことだ・・・・。」
(それでは、の事はまかせましたよ。)
「あぁ・・・」

話をやめたことで、あたりが完全に静まり返った。

月明かりにさっきのミロの瞳を思い浮かべた。
彼らに向けた視線はみるみるうちに怒りに燃え上がっていった。
闘うミロの瞳、表情・・・
普段聖衣を纏っているミロを見た事はあっても、聖闘士としての彼は見た事がなかったのだと気づく。
初めて見たミロに今更心を奪われる。
「ミロ・・・・?」
「何だ?」
「ミロ好き。」


「・・・・ばか・・・。」
それからミロは聖域につくまでの肩を抱いて離さなかった。
夜の闇からすら守るように・・・・。

















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