・・・。これって・・・?」
本棚と本棚の隙間から、読み物にしては大きすぎるサイズの薄っぺらい冊子を
すっと手にとった。
「え・・・?・・あっ、ダメっ!それはだめぇ!」
俺を振り返った途端、急に焦りだす。
大またにズンズンと近寄って、まだ正体の明かされない物を取り上げようとした。
「何あせってんだよ。あやしいなぁ・・・?」
「いいから返して!!」
の届かない高さまで持ち上げて、あらためて何なのかを探る。
しかしそれは意外はモノで・・・。
厚紙でできた表紙にはローマ字の飾り文字で
『スケッチブック』と印刷されていた。
「スケッチブック?」
「ばかっ。ミロはそんなもの興味ないでしょ!」
「・・・・・・・・・・・。」



 興味なんてなかったさ。
 そこに描かれているものが風景画とかなら、なおさら。
 絵を好む君、新たな一面だと思うだけだ・・・。


「これって・・・」
「見ないでよっ!!見たら殺すわよ!!」
見るつもりなんてなかったけど、見えてしまった。最初と最後の表紙についているリボンが
解けてパラパラと中身が露になった。それぞれの絵の半分程度だったが、見ることができた。


 興味なんてなかった、本当に。
 もしそこに風景が描かれていたのなら・・・。
 でも、風景じゃなかった。
 そこにあったのは・・・



「聖闘士・・・?」
絵からに視線を移した。
顔を赤らめて恥ずかしがるのが半分、溜息をついてあきらめるのが半分。
恨めしげに俺を睨んで、さっきまで座っていたソファに戻っていった。
そんなを追いかけて、恐る恐る隣に腰掛ける。
手にはまだスケッチブックがあって・・・。
また怒られそうだったけど、もっと中身が知りたくてゆっくりとページをめくる。



初めは顔を背けていたも、あきらめたのか一緒になって眺めた。
ふたりとも無言で・・・躊躇いがちに、でも一枚一枚を堪能するかのように。
そこには数年前に起こったハーデス戦で一度死んだ、そして女神によって甦った
黄金聖闘士が描かれていた。
ムウにはじまって・・・
1人1人が繊細に。
「うまいじゃないか・・・」
「・・・そう思う?」
「あぁ・・・」

 絵なんて興味なかったけど。
 いや今だって絵自体には興味ないんだろうけど。
 が描いたというだけで、込められた想いを一杯に感じ取ろうとしてしまう。
 

全体は水彩絵の具で塗られていた。でも端々に色鉛筆で線や陰影がとられていて。
聖衣の質感だとか、神話の時代からの長い年月だとか・・・
これらを纏う誇りだとか・・・それらが伝わってきて、見ている俺の心を支配していった。

「へただよねぇ・・・」
「いや、ありきたりな言葉だが・・・いい絵だ。」
どんな名画だって、のこの絵以上に気持ちを込めて鑑賞は出来ないだろう。
「聖戦でみんな死んじゃったでしょ?」
「あぁ・・・」
「わたし、自分の中に留めておきたかったの。みんなの姿を。みんなの雄姿を。
”この世界を守った人たちがいる。聖闘士っていう存在があった”って。」
「うん・・・」
「ミロのこと、1番に思ってることにはかわりないけど・・・でもミロだけでなく
みんなの姿残しておきたかった・・・。」
「みんなに見せればいいのに・・・喜ぶぞ・・・。」

 ホントに、喜ぶって、ぜったい・・・。
 デスマスクは”ヘタクソ”なんて悪態つくかもしれんし、シュラは照れて顔にはださんだろうが・・・
 の気持ち知ったら喜ぶって・・・
 まさかエクスカリバーで切り裂くコトもないだろう。
 

「あっ・・・次が1番・・・恥ずかしいかな?」
そんなの言葉に一瞬手を止めたが、次が1番見たい絵だった。



そこには、想像した以上に、想像も出来なかった俺の姿があって。
出来栄えの凄さに息をのんだ。
の俺に対する想いの清らかさに・・・言うべき言葉をなくした。
「ミロの素晴しさが、出てないよ・・・ね・・・?」
他の絵との反応の違いに、は自信なさげな言葉を漏らす。

 想像して描いたのか・・・
 めくったページの中央には、俺でありながら俺でない、そうとしか言いようがない人物がいた。
 頭から膝のあたりまでが紙におさまって、見ている人と視線があうように
 絵の中の俺は強い視線で見つめ返していた。
 右手の人差し指を突きつけ、スカーレットニードルを放とうとしている。
 その指先は紅い輝きを湛え、敵をしとめる絶対的自信が口元に溢れていた。




「これがが思う俺か・・・。」
「実際のミロのほうがかっこいいけどね。」
、ありがとう。」
一旦スケッチブックを閉じて、感謝を述べずにいられなかった。
「な、なによ。」
「俺が聖衣を纏って感じている事がこの絵に全部詰まっていた。」
そう、感じている事すべてが・・・。
「この絵もらっちゃダメ?」
は思ってもみない事を言われたような顔つきをした。
「え・・・ダメ!あげないよ!」
そう言って俺の手からひったくる。
「でも、気に入ったんだが・・・絶対ダメか?」
「ぜったいダメ。ヘタだけど、気に入ってるんだから。手元に置いておきたい。」
「じゃ、時々眺めるのはいいか?」
「ん・・・・いいよ。でも誰かに見せたりしないでよ?」
「わかった。」
確認がとれたは安心して、絵を元の位置に戻した。
”ここに置いておくから”と合図して台所にコーヒーを淹れに去っていく。

けれど、俺はもうすでにスケッチブックを手に取りたい衝動に駆られている。
今までずっとそこに置かれていたのかもしれないが気がつかなかった。
本棚の隙間で絵の中の聖闘士が小宇宙を燃焼させているかのように
圧倒的存在感を放っていて、忘れろといわれても忘れられない。
 
が描いたもの。
それは間違いなく俺が感じていたもの。

俺の前では決してみせることのない気持ちが、そこにはあるんだ・・・。
それを感じたくて、
の瞳に心に映っている俺を見てみたくて、
何度だって
そう、今すぐにだって
絵を手に取らずにはいられないんだ・・・





「あー!!ミロったら。見たばっかりじゃない・・・!」
両手にコーヒーカップを持ったが、あきれた声で叫ぶ。





しょうがないだろ?
このスケッチブックの中には

俺がいて
がいるんだからさ・・・








                                                 終











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