ミロに告白された日、そのままキスされそうになった。
「ちょっ、とまって!」
擦り寄ってきたミロの身体を手で押し返して、ストップをかけてしまった。
意外そうなミロの表情。


それからまもなくして、ふたりでデートした帰り道。またもやミロの顔が近づいてきた。
「ちょっ、・・・もうちょっと待ってて、ね?ミロ・・・?」
驚きとかなしみがまじった表情。
「そうか。ごめんな・・・」
聖域までの距離がやけに長く感じた。


けっして焦らしたい訳じゃない。
ミロとはずっと仲の良い恋人同士でいたい。いたいのに・・・。
「このままじゃ、嫌われるかも。」
巨大クッションを抱えながら、天井を見上げた。
でも、でも・・・。
「私、男の人と付き合ったことないーーーーーー!!!!」
ゆえに
「キスなんてしたことなーーーーーーーーい・・・」
そう叫びながら、ゴロリとソファに転がる。
「でも、ミロとならキスしたい、な。」
そんな感情とは裏腹な行動に落ち込みながら、夜は更けていった。



「おい、。」

ここは教皇の間。
サガがちょっと席を外した隙をぬって、カノンが隣の席のに話しかける。

「最近ミロの元気がないぞ。喧嘩でもしたのか?」
「そんなんじゃないよ。」
「元気がないのはないんだが。あれは思い悩んでいるようでもあったな。」
書類から目を離さずにアイオリアが言う。
「やっぱり・・・・」
はパソコンをいじる手を止めた。
「なんだ、思い当たる節があるのか?」
はペンを指の間で揺らしながらカノンに話をふる。
「男の人って、キスしたい?」

アイオリアの手がとまる。
話に関心のなさそうだったシュラが顔をあげた。
「何だ、突然・・・」
なおもはカノンに詰め寄る。
「男の人って、」
「つまりはミロが?」

シュラが話の核心に近づこうとする。
「好きな人とキスしたいよね、やっぱり。」
「ミロがにしようとしたわけだ。当然の成り行きだろうが。」
だってミロとキスしたいと思うだろう?」
カノンとアイオリアは当たり前の事だと言う。
「そりゃ、したい、かな・・・?」
「じゃぁ、ミロの機嫌が直るようにさっさとさせてやれ。」
そんなコトで執務を中断させるなと言わんばかりのシュラの口調。
「いやぁ・・・出来るんならさせてるけど・・・」
「出来ない事はないだろうが。初めてでもあるまいし。」
そこまで言ったカノンが自分の発言にピクリと反応する。

「その・・・はじめて、だったりして。」
「キスしたことないのか?っていうか付き合ったことがない?」
「うるさい!シュラ!悪かったわね!」
「お前何歳だった?」
「きかないでよ!カノンの意地悪!」
アイオリアは顔を真っ赤にして書類に目を落としている。
「そうか。ミロのヤツ、何もかもが初めての女を自分の色に染めていくわけか。」
「初めてなのがだというところが・・羨ましいな、ミロのヤツ。」
カノンとシュラは半分妄想にとらわれていた。
ふたりの目は遠いところを見ている。
「ちょっと、変なこと想像しないで。」

「キスするのの何が恥ずかしいんだ?」
「だって、・・・だって急にミロの綺麗な顔が近づいてきて・・・。ミロの匂いがすぐ近くまで来て・・・。
”あ、キスするんだ”って思ったら、ミロの瞳が甘く揺らめきながらわたしだけをうつしてる。
やーーーーっ!恥ずかしすぎるーーーーっ!!」
「そんなコト、よく言えるな。」
「聞いてるこっちが恥ずかしい。」
いつの間にか、シュラもカノンも足を組んでタバコをふかしていた。
アイオリアも鼻をティッシュで押さえている。
話を聞いただけで鼻血を出せるのだから、彼の想像力もなかなか逞しい。
「まぁ、とにかくミロにまかせておけば大丈夫だろう。」
「そういうふうに恥らう姿が、可愛く映っているはずだ。」
ふたりはは口々に言った。


 そう、実際は可愛くなくはないのだ。
 

おそらくは聖闘士の全員が、
のひとつひとつのパーツを頭の中でフォーカスして語れるくらい想っているに違いない。
そんな男たちのなかで、はミロを選んだ。

「そんなに経験がないのが恥ずかしいのなら・・・」
すくっとカノンが立ち上がる。
「俺がの実験台になってやろう。」
の前に立つと、長い指での顎をからめとる。
「な、なによ。」
「ミロでなく、俺がのファーストキスの相手だ。」
「やめておけ、カノン。」
冗談だと知っているシュラはくくっと笑いを漏らしながら、ふたりのやりとりを楽しんでいる。
「先に練習しておけば、気が楽になるだろう。」
伏し目がちになったカノンがゆっくりと顔を近づける。
周りの視線を遮るように長い髪がサラサラとすべり落ちてくる。
「カノ、ン・・・」
ふたりの顔がキスしているとしか思えないほど接近したその時、

「サガ、邪魔するぞ・・・。!!!」
聞き覚えのある声にはドアのほうを振りかえる。
「ミロ・・・!!」
疚しいことはないのだが、さすがに状況が状況なだけに、四人は気まずそうな表情をした。



沈黙が広がる。
ゆっくりとから顔を離すカノンを、ミロは怒りと嫉妬の入り混じった目で睨んだ。
「ミロか。何用だ?」
つかつかとカノンに向かって歩みよる。
「頼まれていた書類だ。サガにわたしておいてくれ・・・!!」
そう言うと硬く握り締められた書類を机に叩きつけた。








私は天蠍宮の前に来ている。
ミロの誤解を解きたい。

と思って、かれこれ何十分も前からドアのあたりをいったり来たり。
どう説明したものかと決心がつかないでいる。

と、それからさらに十分。
とうとう部屋のドアを叩いてしまった。
「ミロ?」
しばらくして、少しだけドアが開き、私だと確認すると
ようやく全開になった。
か。どうした?」
暗い瞳をしたミロは元気なく尋ねる。
「ミロに言っておきたいコトがあって・・・」

「昼間の言い訳?」
「ちがうっ。カノンとは何もないの!誤解しないで、お願い!」
ミロのプライドを大きく傷づけたことを痛いほど実感する。
「俺が好きだと告白した時のの嬉しそうな顔・・・初めてデートした時ののはしゃぐ姿・・・
どれも本当だと思ってた。俺にだけ見せてくれる表情があると思うと嬉しかった。
・・・けど全部嘘だったんだな。カノンが好きだとは・・・。」

心がズキンとした。
「嘘じゃない!私が好きなのはミロだけ!」
「どうやって信じろって言うんだ・・・あんなところ見せておいて。」
「でも何もしてないもの・・・」
「どうやったってしてるようにしか、見えなかった・・!!」
「ミロ、お願い。信じて・・・!

ミロは何も言わなかった。でも私には聞こえる。”信じられない”という心のこえが。

きっとこんな事をしても何の証明にもならないとわかってる。
でも、わかってほしい!
「ミロ・・・!」
緊張で声が上ずった。
精一杯背伸びして・・・ミロの頬を両手で包みこんだ。
はっとする彼の視界はもう私で覆いつくされているだろう。
っ・・・」




 キスって唇どうしがくっつくってコトしか知らない
 思いっきり食い縛った私の唇がミロの唇に触れた・・・いや、ぶつかった
 目もこれ以上ないほどきつく閉じて・・・
 目を閉じていてもわかるコトは
 ミロが硬直しているということだった。


そのまま数十秒・・・
  


 いつ離すべきか・・・
 空気が吸いたい。
 ミロ、なんとかして・・・!
 

「よー!お二人さん、盛り上がってるとこ悪いが、通らせてもらうぜ!!」
デスマスクがからかう様にふいた口笛が宮にコダマした。
「「うわっっ!!」」
光速で一旦離れるふたり。
そのまま通り過ぎようとしたデスマスクは足を止め、を振り返る。
、お前・・・キスもしたことないんだってな・・・」
「どっ、どこからそんなこと!!」
ミロがはっとして、を見下ろした。

「くくっ、誰だっていいだろう?」
「デス、邪魔なの!さっさと帰ってよ!」
「ヤキモチ焼きのミロなんかほっといて、オレの部屋に来いよ。
キスから未だ見ぬ世界までぜーんぶ教えてやるからよ・・・
んで、オレ様が満足したらちゃーんとミロに返してやるぜ。
カノンとのマネゴトじゃ、練習になんねぇだろ?」
デスマスクはににじり寄り、肩に手をまわした。

「くっ・・・シュラかカノンね。覚えてらっしゃい・・・。」
「生憎だが、デスマスク。練習など必要ない。去れっ!」
の肩から手を引っ剥がすと、さっさと行けとばかりに睨んだ。
「おーこわっ!」
邪魔者が去った宮は、ようやく静けさを取り戻した。

?」
うってかわったミロの優しいこえ。
誘われるように、ふりむいた。

「ごめん・・・。はやとちった。」
「私こそ、あんなとこ見せて、ごめんなさい。」
「いや。」
「ミロ?私、恥ずかしいけど、男の人と付き合ったことないの。だから、キスもしたことなくて・・・。
ミロのことばっかり考えてるくせに、行動に移せない自分がいる。
ミロの幻想だけ抱きしめて、ふとミロの匂いがすると妙に嬉しい。
こんなにあなたに溺れてるのに・・・いざとなると怖くなる。
どうしようもないね・・・。」

そんなの告白をきいていたミロは心持ち赤くなって口元をおさえた。
「ミロ?」
「いや。・・・さっきのからのキス、思い出してしまった。」
「ぎゃっ!思い出さないでーーー!」
「忘れられないな・・・」
「だめっ。ぜったい忘れて!なかったことにして!」
必死で頼み込むを微笑ましく思うミロ。
「なかったことにしてもいい。」
「ほんと?」
「ホントだ。今からするキスがファーストキスだ・・・」
甘さを宿したミロの瞳に、は一瞬にして魅了された。
顎に添えられた手が、かたく閉じられた唇を開かせる。

ミロに触れた瞬間、閉じた瞳の暗闇に宇宙が生まれた。



 あ・・・魂がひとつにつながる、かも・・・。



しばらくして唇を離す。
の初めては、全部オレのものだからな・・・」
「うん・・・」





「よかった・・・今度は断られなかった!」
「ミローーーー!!」
天蠍宮にをからかうミロの笑い声が響いた。









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