ついさっき、ふたりだけのドライブから双児宮に引き上げてきたところだった。
サガは出掛けているらしく、電気もついていない妙に静かに感じられる空間が広がっていた。
ふたりっきりなのはいつもなら有難いのだが、今はそれがぎこちなく感じられる。
カノンはに休むように促して、コーヒーを淹れる準備をしたり、風呂の用意を
したりと動きまわっている。
”俺がやるからテレビでも見ていろ”
はカノンの提案に甘えて真っ白なソファに膝を抱えてすっぽりと沈み込んだ。
1人がけ用の真っ白なソファ。
カノンと付き合うようになって、居座る事が多くなった為彼が用意してくれたものだ。



”くつろいでよいのだろうか・・・?”
そうは思いながらも、リモコンを手に取り電源を入れる。
ポンッとスイッチの入る音と、パチパチという静電気の音が消えると徐々に画面がはっきりしてきた。
次々にチャンネルをかえながら、よさそうな番組を探していく。

右手にリモコン、
膝を抱える左手には未来。
いつもとかわらない動作を無意識に繰り返しながら、今日という日を振り返った。


オレンジ色の夕日に照らされたカノンの顔・・・
ポケットから取り出された今日の日の約束の証・・・
”はい!”
もっと気の利いた返事があったかもしれないが、
一刻も早く何もかもをこの手に握り締めてしまいたかった。

スニオンからの帰り道から数え始めて・・・一体何度目の再現になるのだろうか?

画面を眺めつつ連続してチャンネルをかえる手が反射的にとまった。













バスルームで湯をはったカノンがリビングに戻ってきた。
セットしておいたコーヒーメーカーが、コポコポと音をたてる。
出来上がりまであと3分の1といったところだった。
棚にしまってあった、の好きなチョコレートを取り出してお茶の準備をすすめる。

その間もカノンはチラチラとの様子をうかがった。
白いソファから少しだけ覗いている黒い頭。
普段は自分がお茶を入れてもらう立場だが、きょうは優しくしたかった。


の頭のさらに奥へと視線を移せばテレビがあって、静かな部屋に唯一人の声を送り出していた。
それはギリシャの観光スポット紹介の番組なのか・・・
映し出された観光客が眺めているのは、先程までふたりがいたスニオン岬で
青空の下、人々はポセイドン神殿から海を眺めていた。

それを見て数時間前の出来事を思い出すカノンは視線の端に
チラチラと入り込むの様子が気になった。

目元に運ばれる手。
遠慮がちに鼻をすする音も聞こえてくる。
後ろから見ても明らかに”泣いている”のだ。

原因が何かと言えば、それはやはりテレビに映しだされた”場所”のせいなのだろう。
悲しくて泣いているワケではなく
嬉しさのせいだったり、俺への愛があるから泣くのだろう。
そんなを見ていると、今日という日だけは
ストレートに優しく彼女を受け止めてやりたいと思えた。

コーヒーをカップに注いでトレーにのせる。
いつもならパッケージをあけるだけのチョコレートも
がするように皿にならべてみた。

今日のしめくくりが普段通りであったとしても・・・
泣きながら嬉しそうに微笑むに1つ1つチョコを食べさせてやったと、思い出に残るかもしれない・・・
最後の一粒を皿にのせ、トレー片手にリビングへ向い、ソファの前にまわりこんだ。











「なんだ、・・・泣いてるのか・・・?」
「ううん?」
そう答えたの声はやはり涙声だった。
2人分のコーヒーをサイドテーブルに置いて、の前で片膝をつきしゃがんだ。
「やっぱりこういう日はレストランとか行くべきだったか・・・?」

先ほどから溢れ続ける幸せの涙は当分止まりそうもなくて・・・
擦ったせいで、すっかり紅くなってしまった目の淵をなぞって涙をぬぐった。
「いいの、普段通りで。それがいい・・・。」
「そうか。」
「うん。」


 


 
 ”時には
  ケンカしたり
  泣いたり
  笑ったり
  それだけのことでいい・・・・お前がいれば・・・な・・・。”

 ”カノン?”

 






はまだ夕暮れのスニオンを思い出しているのだろうか・・・
薬指に光る生涯の約束、
何度もなぞっては、存在を確かめている。
、もう一度言わせてくれ・・・」
俺はの瞳を見つめたまま、左手をとった。
「これから先もずっとと一緒でいたい・・・俺と、結婚してくれ。」

おさまったと思った涙が一瞬にしての瞳を潤ませる。
コクコクと懸命に頷くばかりで、それが精一杯の返事だった。
エンゲージリングの光る手で顔を隠して、声を抑えて泣いている・・・。

夕日の沈むスニオンでプロポーズした時は、嬉しそうに微笑んで・・・
”はい!”と返事をしてくれた。
帰り道もニヤニヤしながら、何度も指輪をはめたり外したり・・・


「ゴメンねカノン・・・っ・・・家に、着いたら、しみじみとしちゃって・・・っく・・・」
の頭を胸に引き寄せた。
「今になって・・・こんなに嬉しい・・・」
「あぁ・・・俺も今日という日を忘れないから・・・。」
こんな俺とでも、これから共にあることが嬉しくてたまらないと泣いている。
愛おしさがこみ上げる。
カノンはの頬を優しく包んだ。

「ふたりでずっと一緒に歩んでいこう・・・。」












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