ずっと上を向いていると、空の高い高いことろの、ある一点から雪が降ってくるように感じた。
両手を広げて、月光浴のように雪を浴びる。
「あぁ・・・ずっとこうしたかったの。」
そういった口元は僅かに微笑んでいた。
「寒くないのか?」
背後から聞こえた俺の声に、慌てて振り返る。
「カノン・・!」
「雪を見るだけなら、部屋の中でもいいだろう?」
キュッキュッと雪を踏みしめながら、の正面にまわった。
「やだ。見てたの?」
「こんな夜更けに何をしてるのかと思うだろう?」
寒さで赤くなった頬に手を添える。
「俺以外の男とでも、こっそり会う約束があるのか、とかな。」
「あら、バレた?」
静かな夜のせいだろうか。お互い深く突っ込むことはしなかった。
「手が冷たい。」
握った手は、すっかり冷えきっていた。
どのくらいの間ここにいたのだろうか?
指がピンクに染まっている。
「私、手袋ニガテなの。してると手首が痒くなってきて、我慢できない。」
「そうか・・・」
「どうしたの、カノン?」
握った手を見つめたままボウっとする俺を不思議がる。
手袋ひとつに、暗い返事をしてしまっただろうか?
「いや。」
何でもない。小さなこと。
手袋が苦手だという。
これから季節が巡るたび、お前を形作る小さなクセを見つけるのだろうなと、ふと思っただけだ。
「ねぇ、カノン。」
「なんだ?」
優しく俺の名前を呼んで、次はどんな世界を見せてくれようとしているんだ?
「冬の夜空は真っ暗じゃないでしょう?灰色なの。
こうやって雪が降ると、夜でも空は明るくなる。ずっとそんな気がしてた。
冬の雪空は灰色だと思うって、誰かに話したのはじめて・・・。」
「あぁ、そうだな・・・」
「”冬はつとめて”っていうけど、夜もいいんだよね。」
「つとめて?」
「ふふっ。なんでもないよ。」
握った手を解いて、降り積もった雪に足跡をつけていく。
「楽しいか?」
「うん。」
帽子を被っていないふたりの髪は、しんしんと降り続く雪で湿り気を帯びてきた。
「わざわざ外に出て、こうやって雪を浴びることはなかったけど、
塾の帰りとかわざとゆっくり帰って来たりしたなぁ・・・。」
中学、高校の話だろうか?
その頃からかわらない部分もあるのだな。
来年の春にはどんなお前が見れる?
夏には、眩しい日差しに目を細めるがいるのだろうか?
秋は何が好きだと教えてくれる?
「ねぇ・・・」
の顔はこっちを見てはいなかったが、俺に向けられた言葉。
何か夢でもみたかのような、優しい呼びかけ。
「どうした?」
「何で、ずっとずっと昔からこんなに冬が好きなのかと考えてたら・・・・」
「カノンみたいだからだね。カノンと会える日をずっとまってたからだね・・・。」
「俺と会える日を・・・か・・・?」
靴の中に雪が入らないよう、すでにつけられた足跡の上を歩いてくる。
「そう。」
しゃがんで、手で雪をすくってみた。
手に力を込めて握り締めれば、あふれ出た雪が指と指の隙間からこぼれ、
手の中の雪は体温で早くも溶け出した感がある。
「こんなに、はかないものがか?」
「はかないけど。あんまりうまく言えないけど。」
または灰色の空に目を移す。
「何だか知らないけど、カノンの事が気になりだしてしょうがなくなって、
ある日突然”カノンが好きなんだ”って自覚する。
雪が降って積もるっていうのは、それに似てる気がする。」
俺の目をみて微笑んだ。
そうやって自分の気持ちを話してくれるお前は、綺麗で・・・そして眩しい。
両手で握られた小さな雪の塊を、俺の手から取り出した。
「カノンが雲の上から少しずつ雪を降らせて、”何でカノンのことがこんなに気になるのかな?”なんて
思っていると、ある朝心の中は一面真っ白になっていて、”あぁ、カノンに恋してるんだ”って
思いがキラキラと光を反射してる。
ずっと昔から、灰色の空をみて疑似体験してたのかな?・・・なんて!」
「・・・」
「なーんて、わけわかんないし!・・・カノン!?」
降りしきる雪の中、俺はきつくを抱きしめていた。
そんなにも俺を想い、真白き雪のように純粋に・・・俺を待っていてくれた。
”俺と会うため”・・・
神をも欺こうとした、こんな自分を待っている人はいないと思っていたのに。
抱きしめずにはいられなかった。
「カノン・・・きついよ・・・。」
「冬が巡り来るたび・・・と出会えたこと、感謝するだろう・・・。」
その夜
俺は夢を見た。
蒼い海の中に、雪が舞っていて・・・
人魚が嬉しそうに泳ぎまわってる。
その人魚がだとわかった時
はこちらに向かっておよいできて、すれ違いざまに
淡雪のようなキスをひとつ・・・
はっとして振り返る俺に微笑み
雪がふる天へと消えていった。
でも目が覚めると、ちゃんとは俺の横で寝ていて
安心して
再び眠りについた。
終
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