俺には明日があった。
 君にも明日があった。


 でも、”ふたり一緒の明日”は・・・こなかった。








天蠍宮の長い廊下に硬質で、規則正しい音が響く。
ある扉を目指して近づいて、
足音の主ミロは思いつめた瞳で絶望に手をかけた。



「おかえりなさい、ミロ!」
はいつもの調子でねぎらいの言葉をかける。
「ただいま・・・」
一通りの挨拶を交わすと、またすぐに自分の手元へ視線を戻した。

歯切れの悪いミロの口調に、疲れているのかと思いはしたものの
今日はそれとも違うような感じを、背後の物音から察する。

いつもならすぐに聖衣をはずす。
テレビをつける。
ご飯と騒ぐ。
まとわりつく。

今日はそれらがない。
否、数日前から傾向はあったが、今日は決定的だった。

マントも外さないまま、
ソファに沈み込んで、
俯いた表情は髪が隠して見えないが、
想像できる。

私には言わないけど、何かがあったと・・・。
聖域に関わる何かがあったと。



ゆっくりと手を止めて、身体ごとミロを振り返った。
「ミロ・・・?」
あなたが心に病んでいる事はなんだろう。
私の声に反応して、俯いた顔を少し持ち上げた。
「ミロ・・・どう、したの?」
髪の奥に見えた瞳には影が宿る。

、」
私を呼ぶ声は優しいのに、哀しい響きだ・・・。
「こっちにおいで。」
囁くように、今から話すことが誰にも聞こえないように・・・。
スリッパを履いた足を半分引きずるように、一歩一歩距離を詰めた。
恐る恐るあなたが抱える闇にせまっていく。
目の前に立ってもミロは頭を垂れたままだった。
私は顔の位置が同じになるようにしゃがみこむ。

「ミロ?」
拭い去れないイヤな予感に、声が震えた。
静かに私へと向けられるあなたの泣きそうな瞳。
・・・聖域を、出ろ。聖戦がはじまる。」








その言葉の後、どれくらいの沈黙があっただろう。
驚きを隠せない私から、ミロは目をそらさなかった。
だからこそ、本気で言ってるのだと思い知らされる。
「聖戦・・・いつ?」
「もう数日のうちに。安全なところに逃げろ・・・。」
「どうしてそんな事言うの?」
「もうすぐハーデスは復活する。前々からわかっていた事だが、
・・・その為に黄金聖闘士がいるのだからな。
ハーデスの手下どもが、聖域に乗り込んでくるはずだ。」
このことで悩んでいたのか。
初めて知るような、前からわかっていたような、形容しがたい気分だ。
「関係のない者たちは、聖域から避難させてる。
他の黄金聖闘士たちも、そうしてるんだ。だからも、」
「やだよ!関係なくないよ。ここにいるよ!」
「ダメだ!!」
「ミロと私と、ずっと一緒にいるって約束したじゃない!私死んだっていい!!」
「ばか・・・!」
高ぶる感情とともに、ミロも声を荒げた。
「やだよ!やだよ!・・・ミロは聖闘士だから・・・戦わなきゃいけないから・・・。
でも、戦いで引き離されるのはやだよ・・・!!」
ミロと共に戦う覚悟も、私ひとりになる覚悟も出来ていたはずなのに。
いざとなると、どちらも選べなかった。
、頼むから・・・!」
必死で首をふる私に、ミロ自身も感情をおさえて言い聞かせる。
が死ぬのは・・・我慢出来ない。」
「私だってミロが死ぬのいやだよ!」
「俺が今守らなくちゃいけないのは、女神とこの地上の平和だ。
ここにがいると・・・集中できない・・・。」




わかっている。言う事をきかない私を、どうにかしようとしての言葉だということは・・・。
でも心にこたえる・・・つらい。
「ごめん・・・」
もう、ミロを見つめる事は出来なかった。
いつの間にか固く握り締めた拳にポツポツと雫が落ちる。
・・・泣かないで・・?」
ふたりにはどうする事もできない現実に唇をかみしめる。
いいの、と激しく首をふった。
「きっとまた・・・平和が訪れるから。そしたら、」
そこまで言ってミロはハッとして、悲しそうに口をつぐんだ。
「そうだね・・・。」
「・・・あぁ。」

あなたが今嘘ついたの、私にはわかるよ。

「巻き込まれないよう、なるべく遠くに行くんだ、いいな?」
「大丈夫・・・私のことは何も心配しないで?」




その後、しばらくこれからの事について話をした。
主に私の事。
ミロが自分の話をしないのは・・・
心の中とはいえ、言葉にするのはやめておこう。
ミロの無事を祈るしかない。
女神の、聖闘士の無事を・・・

お互いの不安を完全に露にすることなく、
せまる闇を感じながら
わたしたちはひとつになって眠りが意識をさらってくれるのを待った。






翌、早朝
少しの荷物と、ミロの思い出を手に出発をまつ。
、他に必要な物は?」
「大丈夫。全部持った。」
ミロの後ろには、長く続く階段と、十二の宮。上に行けは行くほど小さくなっていく。
見慣れた風景に、大事なあなたがいる。




旅支度をしたが俺の前に立っている。
元気そうなふりをして。
昨日話した事を胸に、ふたりの今までを胸に、ここから去ろうとしている。

 ずっと一緒だと思ってたのにな・・・

最後は俺らしく、が好きできてくれた俺らしく見送ってやる。
今だけ・・・ひとりの男。
その後は、黄金聖闘士ミロとして聖域で命の限り・・・
、元気でな。」

と共に”これから”を生きれないのが残念だ。

「うん。」
ふたりの間にふく風が時を決断させる。
俺が一番愛したの笑顔、最後の最後にまた見られた。
「じゃ・・・いくね?」
「あぁ・・・元気で。」
「ミロも、無事で・・・」
「ありがとう。」

そんなことありえない、もわかっているんだろう?

「ミロ・・・離れてても・・・愛してるよ。」
「俺だって、愛してる。大切に思ってる。」
は少し安心したように見えた。
どちらからともなく、抱きしめあう。
本当は、壊れるほどきつく抱きしめて、離したくない。

でも、これ以上思いのたけをぶつけたら・・・もし俺が死んだ時、の重荷になるだろう?

「ミロ、きっとまた会えるよね・・・?」
「・・・、あぁ。」
あまり別れが辛くならないように、嘘をついた。





が見えなくなるまで見送った。
時々立ち止まって振り返る君に手を振る。
どうかが笑顔でいられるように・・・
これが俺の最後の望みだ。






 ケンカした日
 叩かれた頬よりも心が痛かった日
 悲しい思いをさせた日だとか・・・

 楽しい思い出と共に そんな日々もよみがえってくる

 一見情けないこんな出来事こそ
 ふたりの絆を強めてくれた証拠だからだろう


 戦いの中に身をおく俺だけど
 ふたりの未来勝ち取れると信じてた
 君の祈りを背中で受け止めて
 届かぬ光に手を伸ばしてた・・・

 もし 君の願いが手のひらから零れ落ちたとしても
 俺の心 隣に寄り添うこと忘れないで

 もし 希望さえ誰かに奪われたとしても
 俺の命 君の為にあったこと忘れないで
 君の笑顔こそ 戦う理由だったのだから・・・

 最後は 嘘をついて別れよう
 ”また会える約束は出来ないけれど・・・”
 言葉にしたら 
 離れられなくなるからね


 君の背中に祈りを託して 俺は行くよ
 これからも 俺の好きだった笑顔
 失うことのないように・・・







ミロが嘘ついたことわかってる。
会えるかどうかなんて約束は気にしないで
女神と共に戦ってほしい。
女神と聖闘士たちの無事を願ってる
そっと、そっと・・・
祈ってる。









が聖域から離れて三日後、この地上からミロの小宇宙は消えた。








                            終






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