■ 芸能と芸術の違い

かつて学生時代の美術の時間に「芸能と芸術の違いは何か?」という問いを受けたことがあります。教師の用意した解答は「観客が存在して初めて成り立つのが芸能。鑑賞者がいてもいなくても成立しているものが芸術」というものでした。この考え方によれば、誰も訪れない山奥で踊りを踊ったとき、それを芸術表現だと主張することは可能だが、芸能としては成り立っていないというわけです。

マジックは不思議さを理解してくれる客がいて初めて成立するものですから、上の考え方で言えば芸能に分類されます。「あの人の演技は芸術的だ」と評されることがしばしばありますが、「〜的」であっても芸術ではありません。

では、マジックの世界で芸術と称すべきものがあるとしたら、それは何でしょうか? 私は、優れた作品を構成する原理や手法などに機能美にも通じる無駄のない美しさを感じますし、そういったものは客(鑑賞者)のいない場でも変わらない価値を保持していると考えます。
 例えば「Out of this World(Paul Curry)」の基礎となる原理や、「The Visitor(Larry Jennings)」に採り入れられたWalton Display、False Countの特性が十全に生かされた「Masque(Phil Goldstein)」の手順構成などが思い浮かびます。

その美しさを広く知らしめることができないという点で他の芸術作品とは事情が違いますが、時の洗礼を受けてなお生き残る古典作品には無形の芸術性が備わっていると考えるのは、いささか陶酔の感が過ぎるでしょうか。