■ 人の意表に出て一時の快適を好むは、未熟の事なり、戒むべし。

『西郷南洲遺訓』

わざと人を驚かすような言動をして一時的な成功を収め、それに快さを覚えるのは未熟な証拠である。そのような感情は厳に反省しなければならない。


引用は西郷隆盛を慕う人々の手によって編纂された遺訓集から。その内容は人倫を説き、学問について述べ、あるいは政治のあるべき姿を指摘するものとなっています。

David Rothの傑作「The Portable Hole」の解説において、手順の最後にジャンボコインを出現させる方法がきわめて慎重に(!)紹介されています。
Don't use this ! I know that sounds crazy. but try it out once or twice just to convince yourself that the routine is better without it.(これを行ってはいけません。このジャンボコインの出現は度を超えて大げさです。一度か二度試してみれば、これを行わないほうが手順が際だつことを納得できるでしょう)

解説しておいて「Don't use this !」もないものだと思ってしまいますが(笑)、David Rothはこの一節をあえて設けることによって、手順構成に対する自らの考え方の一端を明らかにしたのではないかとも考えられます。つまり、ショーを盛り上げるためクライマックスに大きなネタを暴力的に取り出すことと、精緻な手順の流れに沿った目立つことはないが静かで不思議なエンディングと。その二者はどちらかが明らかに間違っているというものではなく、場合によって使い分けられるべきものだということです。

自戒を込めて、最後にジョークをひとつ。
「いつまでも客の心に残るような演技をするにはどうすればよいですか?」
「クライマックスに花火でも出せばいい」