廣済堂文庫『売色使徒行伝』に収録。
廣済堂文庫『長脇差枯野抄』に収録。
講談社大衆文学館『奇想ミステリ集』に収録。
講談社大衆文学館『奇想小説集』に収録。
ベスト10には入れませんでしたが、これも私の好きな作品です。
この作品も、山田風太郎お得意の連作短編形式になっています。作品全体を通しての主人公は南北朝時代の婆沙羅大名である佐々木道誉。そして彼の周囲の人々との関わりが、物語を(あるいは歴史を)進めて行きます。
周囲の人物が何者かは、各篇の見出しが語っています。「時には魔帝と」(後醍醐天皇)、「時には神将と」(楠木正成)、「最後に魔童子と」(足利義満)といった感じです。ともかくも道誉がそれらの顔ぶれの中を泳ぎきって、幕府の高官として長命したというだけでも大奇怪事と言うべきかもしれません。「佐々木道誉という人は結局、冷や冷やするようなことをやって、一生を遂げた人だから。とんでもないことをやっても、「あいつだけは仕方ない」という、それを認めさせちゃうんだから」というのが作者の道誉評です(『コレデオシマイ』)。しかし、死期の迫った足利尊氏に対する嫌味は凄い。背中にある三つの腫れ物が膿を吐き出しているのを見て
「胸の背にある一つの腫物のかたち、ああ怖ろしや、後醍醐の帝の竜顔にさも似たり、その下、腹の背に左右二つ、それがどうやら直義さま師直どののお顔そっくりに見えまする。…(中略)それが三つの口から膿を吐きつつ、何やらおめき叫んでいるように見えまする。…」
胸に覚えのある人間が、体の弱った時点でこんなことを言われればたまったものではないですよ。京極堂的に言えば、このような言葉こそが「呪い」ということになるのでしょう。
この作品は
ハルキ文庫『黒衣の聖母』に収録。
朝日文庫から出版されています。
山田氏が自ら「これは短編ではもっともうまくいった方です」と言う一篇ですが、たしかにその言葉を裏切らない佳作であります。
パリ・コミューン後間もないパリで、日本人の芸者仇吉が殺される。川路利良など、そのときパリにいた日本人たちのうち、容疑者として第一にあげられたのは成島柳北であった。しかし、犯人は本当に成島なのか。ユゴー、ヴェルレーヌ、ゴーギャンに、フローベールやモーパッサン、さらにはルコック警部まで巻き込んだ謎解きの結果はいかに…というような書き方をするのが、筋を紹介するには一番手っ取り早いのですが、しかしこの作の魅力はそのような筋立て・設定に尽きるものではありません。
「巷に雨の降るごとく/わが心にも涙ふる…」というのは作中にも登場する「オランウータン」すなわちヴェルレーヌの詩(堀口大學訳)ですが、この詩を踏まえた成島の台詞「…おれの心にも雪がふるようだ」が投じられるラストシーン、これが美しいのです。抒情的な幕切れは風太郎作品には珍しいだけに、余計目を引くのかもしれませんが。
ちょい役でフローベールを引っ張り出すのにも、きちんとした理由がある辺りはさすがです。ヴェルレーヌの荒みっぷりや、川路利良の活躍もそれぞれに愉快。佳篇という言葉がしっくり来る作品です。
『明治波濤歌』の中の一篇として、
廣済堂文庫から出版。
徳間書店から出版。
廣済堂文庫『江戸にいる私』に収録。
集英社文庫『秀吉妖話帖』に収録。
廣済堂文庫『赤い蝋人形』に収録。
講談社大衆文学館から出版。
廣済堂文庫『売色使徒行伝』に収録。
廣済堂文庫『江戸にいる私』に収録。
富士見書店から出版。
富士見時代小説文庫、講談社ノベルズから出版。
講談社大衆文学館『奇想ミステリ集』に収録。
講談社大衆文学館『奇想ミステリ集』に収録。
講談社大衆文学館『奇想ミステリ集』に収録。
好意を懐いていたにもかかわらず、その時点ではただの知人・友人として尋常に付き合っていた異性と時を置いて再会する。そして二人は、雪に降り込められた温泉場に閉じ込められる。不倫小説(まあ、大人の恋愛小説と言い換えても構いませんが。内容は一緒ですから)の設定として、あまりにも平凡なものでしょう。しかし風太郎ファンとしては、山田風太郎が書く以上、これが単なるメロドラマになるとは考えられないのですが、その通り、氏の手にかかればこの設定は格好のアンチ・メロドラマの舞台になります。
集英社文庫『怪異投込寺』、ハルキ文庫『みささぎ盗賊』に収録。
ハルキ文庫『黒衣の聖母』に収録。
ハルキ文庫『幻妖桐の葉おとし』に収録。