2001年3月
- 臆病のアイデンティティ(2001/03/15)
- 法と犯罪と人権と(その2)(2001/03/30)

俺が大型2輪免許を取得したのは、1996年6月のことだ。教習所で大型
2輪が取得できるようになる前、−道交法の改正を目前にした時期で、ま
だ試験場で“限定解除”しなければならなかった。
日常の足からお出かけの相棒まで幅広い用途で、(当時の)愛機である
JADE/Sを走らせ、それに満足していた当時の俺に限定解除のきっかけを与
えたのは、その1年前のある出来事だった。
当時の友人たちと1泊で那須まで遊びに行った帰りのこと。友人のクル
マと並走するようにして、130km/h程度で巡航していた俺のJADE/Sを、と
んでもないスピードでブチ抜いていった1台のバイクがいた。しかも、し
ばらく走ってひとつパーキングエリアを過ぎると、またソイツは風圧とと
もに俺をパスし、点になって消えていく。羽生PAで最後の休憩に入るまで
に、かれこれ数回はそんな風景が繰り返されただろうか。
そのバイクは、ZZ-R1100(C1)。一緒に那須に遊びに行っていた友人の
バイクだった。
さらにそれからしばらくして、雑誌に発表された1台の逆輸入車に、俺
の目はクギ付けになった。…それはCBR900RR('96・ED仕様)。北米仕様の
ファイティングレッド単色の外装に換装した姿を思い描くと、もはやいて
もたってもいられなかった。
いっぱいいっぱいで走っていたのにブチ抜かれた悔しさと、憧れの君に
出逢えた喜び、−それが俺に限定解除を決意させたきっかけだった。
もっとも、肝心のFireBradeは金銭的に折り合わずに購入を断念。次席
候補だったCB1000SF T2に落ち着き、現在に至っている。
そして、現在ではビッグバイクならではの分厚いトルクを堪能しながら
走っているが、かつてはやっぱり「アクセル開けたがり」だった。コーナ
ーでヒザを擦るほどのペースで走るコトはできないので、もっぱら直線で
ガバ開けするだけ。それでも、JADE/Sでは東京湾アクアラインのトンネル
で163km/h(メーター読み)を記録したし、CBに乗り換えてからは、第3
京浜で150km/h…なんてコトもあった(俺の技量ではこれが限界)。
だが最近、そんなにスピードを出すコトもめったになくなった。無風・
ドライ路面・先行車も障害物もナシ…という絶好のコンディションでも、
110kn/hも出してりゃいいトコ(それでも一般道というレベルで考えたら
充分赤キップモノだが)である。しかも、それで満足できるのだ。
どうしてそうなったのか、少し考えてみた。…そして得られた結論は、
「やはり、昔よりも『臆病』になったんだ」
というコトだった。
限定解除してからは、スピード違反(原付で21km/hオーバー)で1回青
キップを頂戴しただけで、この4年半は無検挙(笑)である。だが、事故
はそれなりに遭っていたりする(幸いにしてその殆どは無傷or軽傷で済ん
でいるが)。
しかし、事故にはならなかったものの、「死ぬかも…」と思うようなあ
わやの体験の方が、俺には恐怖だった。JADE/Sに乗っていた頃、右折車に
突っ込みそうになって恐怖に顔を引きつらせながらフルブレーキングした
コトが2度ほどあった。いずれも120km/hくらい出していた時で、幸運に
も激突は免れたが、ひとつ間違えていれば今頃俺はここにいない。去年の
夏にでかいちで同じように右折車に突っ込みそうになって自爆したが、そ
の時よりも、昔の間一髪の経験の方が今でも思い返すと恐ろしい。…そう、
事故そのモノよりも、大事故に遭いそうになったコトの方が。
その理由はいたってハッキリしている。
「ひとりではない」
からだ。
自分ひとりの人生なら、右手がそっくり返るまでアクセルをバカ開けし
ようが他人とバトルしようが、何の問題もないだろう。運悪く死んでも、
それは結局「ひとりの人生」だから。
だが、今では俺にも家庭がある。「守るべきモノ」があるのだ。それが、
ワイドオープンしそうな右手に、ためらいを与えてくれる。
あの時、−右折車に突っ込みそうになった時の情景を思い出すたびに、
そして「もし激突していたら…」という想像に身震いするたびに、アクセ
ルを握る手から力が抜けていく。そして、「生きなければ」という想いを
新たにする。使い古された表現だが、
『自分だけの生命ではない』
…それを強く感じるのだ。
『キリン』の主人公たちのように生きられたら、それはそれでバイク乗
り冥利に尽きるのだろう。だが、それはあまりにもタイトロープな人生で
はないか。踏み外したその先に口を開けて待っている地獄を想えば、その
ような生きざまは俺にはとても選べない。同じ生きるなら、一瞬のスピー
ドに憑かれて生きるより、小さな幸福を得続けるささやかな日々を選びた
い。
度胸という名の蛮勇は、必ずしも是ではない。
そして、
自制という名の臆病は、必ずしも恥ではない。
俺は、自分ひとりのモノではないこの生命を守り続けるために、これか
らも“臆病”でありたい。
ちなみに、件のZZ-R1100(C1)に乗っていた友人は、頻繁に第3京浜を
徘徊していた。金をケチってノンシールチェーンを入れたら見事に切れた
とか、その後乗り換えたBMWのK100RSで、ホロ酔いでカッ飛んでたらコケ
たなどといった愚にもつかない話をよく口にしていた。
その後、ソイツとは次第に疎遠になり、今では消息すら不明になった。
我が家では「きっと3京で死んだ」という見解でまとまっている。

3月28日、東京地裁で「薬害エイズ・帝京大ルート」の1審判決があっ
た。最近忙しさにかまけてニュースをあまり見ていなかったせいで、この
日判決が出るとは全く知らず、朝10時のNHKのニュースがいつもと違う雰
囲気なのを見て初めてそれに気づくという有様だった。
これまでの幾多の報道において、被告である安部英(元帝京大副学長)
の有罪はもはや疑う余地のないモノであった。治療効果を優先させるとの
大義名分のもとに、HIV感染の危険性が充分予見できたはずの非加熱製剤
を血友病患者に投与し続けた、−それが罪でなくて何だと言うのだろう。
しかし、告げられた判決は“無罪”。出勤前に気持ちのいいニュースを
聞いておこう…との考えは、モノの見事に粉砕され、「信じられない」と
いう思いと、言い知れない怒りだけが俺の中に残った。
判決理由において、東京地裁は刑事責任の範囲をこんな風に規定した。
「…医療行為は、一定の危険を伴っても治療上の効果が勝る時は適
切と評価され、刑事責任を問われるのは通常の(血友病)専門医
が、被告の立場で危険の大きい医療行為を選択した場合である」
…公の場で寝言をホザくのもたいがいにしてもらいたい。仮にも被告は、
血友病治療のオーソリティーとして知られた、権威ある立場の人間なのだ。
上記の判断に照らせば、責任を負わされるのは常に現場で治療の最前線に
立っている医師だけで、総合的な治療方針をトップダウンで決定する立場
の人間には何の責任もないというコトになる。そんなバカバカしい話が果
たしてあるのか。
まして「治療効果はその他のリスクに勝る」という見解には、到底納得
できない。医療行為とは、これすなわち『生命を救う行為』ではないのか。
病気を治癒するためとはいえ、その結果として人間の生命を危険にさらす
恐れのある選択を、どうして医療行為と呼べるのだろう。
さらに地裁は、安部の部下たちの「被告は非加熱製剤の危険性を認識し
ていたはずだ」という供述を、「検察に迎合したモノだ」と決め付けた。
…そういう裁判官たちの判断こそ、役人や医師に迎合したモノではないか。
非加熱製剤販売元であるミドリ十字の経営陣には禁固刑を下しておきなが
ら、その非加熱製剤を投与した人間は無罪。アホくささに言葉も失った。
きっとこの調子で、厚生省松村ルート(9月に1審判決予定)でも無罪を
言い渡すのだろう。“法の番人”を標榜する裁判官も、所詮役人にすぎな
いというコトのようだ。
判決後、安部はこんな台詞を口にしたという。
「…判決には満足している。今後も血友病治療を生涯続けていきた
い。亡くなった患者さんは気の毒に思っている」
…クソジジイが、いけしゃあしゃあとヌカしてんじゃねえよ!
どのツラ下げてそんな美辞麗句が口にできるんだ。そもそも、血友病患
者が背負うリスクより、厚生省や製剤会社の立場と利益を優先させるよう
な判断を下したのはおまえじゃないのか?
本当に犠牲者を気の毒に思うのなら、公判で自らの過ちを認めるべきで
はなかったのか。医師としての責務を果たすなら、治療効果だけでなく、
人命に対する安全性をも考慮に入れるべきではないのか?
振り返れば、薬害エイズが報道され始めた頃、安部はコメントを拾おう
とするリポーターやカメラマンにさんざん悪態をつき、時には殴りかかっ
ていた。その行為は、心の奥にひそむ後ろめたさの現れではないのだろう
か。自分の犯した行為の罪深さを知っているからこそ、それを追及するメ
ディアをうとましく思い、力ずくでも遠ざけようとする、−俺にはそんな
風にしか思えない。
「被告は、厚生省の決定にも影響力を行使した人物であり、最も大きな
責任を負うべき人物の1人だ」という菅直人(民主党幹事長。薬害エイズ
発覚当時の厚生大臣)の言を借りるまでもなく、安部には贖罪の義務があ
るはずだ。
既に被告は84歳。どうせ先の長くない人生なら、真相を墓の中まで持っ
て行くようなマネなどせず、今後医療の現場で同じ過ちが繰り返されない
ためにも、自らの罪を認めて全てをつまびらかにするべきだ。
HIV感染の危険性が言われていた非加熱製剤を投与する決定を下したと
いう点で、安部に対しては業務上過失致死罪ではなく「『未必の故意』に
よる殺人罪」を適用すべきだと俺は思っている。既に立件がなされてしま
った現在ではそれは無理なことかもしれないが、せめても責任は負うべき
であろう。
何もかもは、9月の厚生省松村ルート1審判決、そしてこの帝京大ルー
トの控訴審(検察側の控訴はもはや決定的)判決でハッキリするはずだ。
本当に悪いのは誰なのか、被害者や遺族の声は届くのか、−そして、この
国の司法はまだ正しく機能しているのか。

