2001年4月
- 捏造される正当性(2001/04/05)
- 方舟は泥舟?(2001/04/21)
- 法と犯罪と人権と(その3)(2001/04/27)

先日、教科書検定のニュースを目にした。その中で、今年は教科書出版
社だけではなく、『新しい歴史教科書をつくる会』とかいう、いかにもあ
やしげな団体が製作した教科書が、大幅な修正を受けながらも検定を通過
した、−という報道がされていた。何でも、この団体に言わせれば現行の
歴史教科書は「自虐的」だそうだ。早い話が、自分たち日本人の犯した罪
ばかりを懺悔し続けているかの如く取り上げている…とでも言いたいらし
い。
実際、修正前の記述には、右翼連中が涙を流して喜びそうな内容が目白
押しだったらしい。例えば…
「日本は欧州列強の支持のもと、合法的に韓国を併合した」
「南京事件は、いわゆるホロコースト(=大虐殺)のような類のもの
ではない」
「日本の進攻は、アジアだけではなくアフリカ諸国にも独立の機運を
高めた」
…「おまえらアホか!」と言いたい。新しい教科書というのは、戦争と
いう人間の行為の中で最大の愚行を美化し正当化した、いわゆる「嘘」を
書き連ねたモノらしい。
考えてみれば、この『つくる会』のメンバーの多くは50代以上。単に自
分たちが経験してきた戦争というモノを、愚行であった・ムダな月日であ
ったと思いたくないだけのように思える。仮に40代以下のメンバーがいた
としても、その多くはこんな心境なのではないだろうか。
「私たちの親は“新しい世界”を築くために、この国のために戦地へ
赴いたのだ。もうちょっと称えてくれてもいいではないか。それを
何なんだ。最近の教科書は、日本軍を鬼畜にも劣るかの如く貶める
記述ばかりして。我々の親たちの苦労はどうなる。自己批判なんて
もうたくさんだ!」
だから何?そんなの知ったこっちゃないね。
仮にそれで“新しい世界”が築かれたとしても、その道程にはどれだけ
の犠牲を伴うか、思いをいたしたコトがあるのだろうか。軍人だけではな
い。無関係なはずの市民たちも、有形無形の犠牲を強いられる、−それが
戦争というモノだ。大義名分をカサに着て多くの生命を握りつぶす行為、
−それが戦争の本質に他ならない。
それに、軍隊とは狂信的な大所帯だ。生と死のエッジに立ち続ける日常
の中で、群集心理のスイッチが入ればどんな行動に及ぶか、それは日本史
のみならず世界史の中でも明らかだ(キリストの聖地回復を謳った十字軍
も、その歴史の中で略奪行為をはたらいたコトがあったのだし)。それに
目をつぶって、さも「勇ましい進軍」を行ったかのように現実を歪曲して
語り継ごうというのは、ムシのよすぎる話ではないだろうか。
しかも今回、『つくる会』に限らず、多くの出版社の教科書から従軍慰
安婦に関する記述が削除されている。歴史の過程で間違いなく起こってし
まった現実からオトナが目をそむけてしまっていいはずがないではないか。
そんなオトナに教えられるコドモたちが不幸だ。正しい歴史を…真実を知
らされるコトなくオトナになってしまうのだから。
自虐的教科書多いに結構。自己批判も、真実を見つめようとする瞳から
生まれるモノだ。他人の痛みを思いやるコトのできる人間を育てるために
は、負の歴史を避けるコトなく語り継ぐ必要があるはずだ。少なくとも、
俺はそう信じている。
それに、狂気のナショナリズムにとらわれた国家は決して繁栄しない。
民族の自立という名の錦の御旗をかかげた結果、パレスチナもコソボも血
塗られた歴史を綴り続けてしまった。太平洋戦争を正当化しようとする連
中は、この日本という国をもそのような国家にしたいのだろうか。
余談だが、この『つくる会』の教科書は、扶桑社から刊行された。考え
てみれば、フジサンケイグループはもともと“右”系の会社。産経新聞で
は、卒業式で日の丸掲揚を拒否した国立市の学校をボロクソに叩いたコラ
ムも載っていた。「類は友を呼ぶ」とは、よく言ったモノである(笑)。

現在、自民党の総裁を選ぶための「予備選挙」なるモノが行われている。
24日にはもうその結果が出てしまうため、時期限定ネタという感はあるが、
今回はこの話をしてみたい。
知っての通り、自民党は保守党・公明党と手を結んで連立政権を運営し
ている。そのため、今回の総裁選挙でトップを獲った人間は自動的にこの
国のトップ、−総理大臣となる。だが、それにしてはその顔ぶれがあまり
にもお粗末な気がするのは俺だけだろうか。
まず、橋本龍太郎。かつて首相を経験した実績はあるが、その内容は惨
憺たるモノだ。消費税率引き上げを始めとする数々の失政は、現在に至る
ドン底景気の扉を開いたと言って何ら差し支えはないはず。にもかかわら
ず、「私に200日下さい!」などと言って、再登板に意欲満々。
しかし、いったい彼に何ができるというのだろう。政治の世界というの
は「失敗したからまたやり直せばいいや」で済むモノではない。1億人以
上の人間の生活の全てをいい方向に導いていくためには、万にひとつの失
敗も許されないはずではなかろうか。それをどのツラさげて、「もう1度
やり直したい」などと言えるのか。派閥の長老どもと、地元・岡山の有権
者(自民党員限定?)、それに一部のオバハン連中(笑)でもない限り支
持はしないだろう。拍手のひとつも鳴っていないのにカーテンコールに出
てこようとするような三文役者なんていらない。そもそも、実弟・大二郎
(高知県知事)にすら見切られている現状では、もはや彼は「終わってい
る政治家」のひとりにすぎないと言えよう。
続いて、麻生太郎。ハッキリ言って、今回の総裁選挙で名を聞くまで、
何者かすら知らなかったというのが正直なところだ。聞けば、吉田茂を祖
父に持つ良血らしいが(その他肉親・親類にも多くの政治家がいるとか)、
だから何なの?としか言いようがない。
競馬なら、良血の産駒は概して良血だが、人間の場合は必ずしもそうで
はない。まして政とは「血」で執り行うモノではない。そういう意味では、
まだ麻生太郎という人間は「見えない」。未知数なのではなく、あくまで
「見えない」のだ。
その「見えない」点は、人物像だけではなく政策にしても然りだ。経済
通である点と、英語に堪能な点がウリのようだが、それ以外は一切不明。
報道が他の3人に偏りがちなせいもあるのかもしれないが、自分が首相に
なったらいったい何をやるのかが伝わってこない。そんな人間に、何を期
待すればいいというのか。
大体からして、表舞台への登場の仕方が唐突だった。額賀福志郎がKSD
疑惑で大臣の職を失して、その後釜として突然降ってわいた形でポストを
与えられた人間。それが突然「次期総裁候補」にまつりあげられてしまっ
ての大ブレイク。まるでどこかのJ-POPバンドだ(笑)。
現時点においても、他の3人からはるか離れた4番手。総裁選の話題作
りのために、河野グループが担ぎ出した泡沫候補の域を出ることはないと
断言してよかろう。
そして、亀井静香。もはや説明の要もない、「5人組」と呼ばれる自民
党黒幕軍団(笑)の1人。
良くも悪くも、明確にキャラ立ちした政治家ではあるが、個人的には気
に入らない。典型的タカ派の思想は、ただでさえ右傾化しつつあるように
思われるこの国の現状に辟易する俺の神経を、時として逆なでするモノだ。
イトマン事件を始めとして、数々の疑獄事件では必ず1度はその名が出て
くる点も、首相になる人物としては不適格というか、適性に欠けるのでは
ないだろうか。
さすがに政治家とて人間。「常に聖人君子たれ」とまではなかなか言え
ないモノであることは俺も承知しているつもりではある。が、百万・千万
・億という単位のカネが飛び交う生臭い話にその名が取りざたされるとい
うコトは、まだまだ叩けばホコリの出る身であるというコトではないのか。
それでは、たとえ首相になったとしても、ヘタをすれば田中角栄の轍を踏
むコトとなるだろう。
それに、俺的には彼は「主役キャラ」ではない。主役の脇で主役以上に
目立っている(笑)、−そういうタイプだと思っている。『水戸黄門』で
うっかり八兵衛が主役にはならないしなれないのと同じだ。ましてやこの
国の状況は、彼が主役になるコトを許すほど悠長な状況ではないはずだ。
広島での予備選挙では、地元であるコトの利を活かして票を得たようだが、
それで終わりであってもらいたいモノだ。
最後は、もはや当選決定の如く語られている小泉純一郎。「長いモノに
は巻かれるが勝ち」(爆)が当たり前の永田町の住人たちの中にあって、
自分の意見は必ず言う点から、有権者ウケは非常にいい。X JAPANのファ
ンなのは非常に有名で、地元・横須賀ではhide(故人)記念館の建設にも
一肌脱いだ、庶民性の強さは特徴的であろう。
自慢の持論は、半ばタブー視されている「郵政3事業民営化」。その持
論を今も捨てずにいる点から、国民の多くは「小泉ならきっと何かやって
くれるはず」と、過剰なまでの期待を寄せている。俺も、今回の4人の中
では、彼が最もマトモだとは思っている。
が、候補者となった今でこそ派閥の長を辞して単独で戦っているが、彼
もほんのちょっと前までは森派の会長だった人間。首相にして自らの派閥
のボスでもある森喜朗を守るために、上下の唇に木工ボンドでも塗りつけ
て塞いでしまったかのように一時期はおとなしかった。その行為が、今日
に至るための伏線だったのだとしたら、それはそれで大したモノだが、現
実は果たしてどうなのか?所詮、彼も自民党派閥政治の申し子なのか?
…疑念は脳裏を離れてはくれない。自分の上長とはいえ、あのようなカス
首相を結果として擁護するような言動をとっていたコトはゆるがせにでき
ない事実として残る。それを国民にどう申し開きするのか、俺はそれを知
りたい。
だが、冷静になって考えてみると、いくらマスコミが連日の選挙演説の
模様をニュースで伝えても、今回投票するのは全国の「自民党員」だけ。
総選挙のように、国民全てが選べるワケではないのだ。それなのにどうだ
ろう、各候補の演説も、それに対する応援も、そして街頭演説を聞きにく
る市民も、それを報道するメディアも、なぜか必要以上に過熱してはいな
いか?
どうせなら、今回のこの騒動(とあえて言わせてもらう)を機に「首相
公選制」を声高に主張するテレビ局があったっていいじゃないか。地域や
派閥の利益のために奔走する連中をグッサリと非難する新聞がもっとあっ
てもいいじゃないか。どうして、「誰が勝つか」に特化したような報道が
されてしまうのだろう。大事なのは「誰が『何をするのか・してくれるの
か』」のはずなのに。
結局、我々国民(有権者)はメディアに踊らされ、メディアは政治家に
踊らされ、政治家は“権力”に踊らされる、−構図は今回も変わってはい
ないのかもしれない。
橋本龍太郎の段で、俺は「政治とは人間の生活の全てをよい方向に導い
ていくためのモノだ」と書いた。特に現在、この日本は不況にあえぎ、深
く暗い泥沼に沈みゆかんとしている状態だ。そんな状況下で首相にならん
とする人間には、まさに大洪水の日、生きものを方舟で導いた救世主のよ
うな指導力が求められる。
だが、今回の4人の誰にも、そこまで強靭なカリスマを持ち備えた人間
はいない。それゆえ、俺は不安なのだ。
願わくば、新しい指導者の用意した方舟が、「カチカチ山」でタヌキが
乗って沈んだ泥舟でないことを祈りたい。

世の中には、数多くの犯罪があり、犯罪の数だけ加害者と被害者がいる。
その中には、思わず笑ってしまうような小さく滑稽な犯罪もあれば、怒り
のあまり拳を握らずにはいられないような、卑劣極まりない犯罪もある。
そんな「許しがたい犯罪」の中でも、俺がもっとも許せないのが性犯罪
であり、その加害者となる男どもである(女性が加害者になるケースは、
この国では極端にケースが少ないので、この際無視する。「逆性差別」と
の抗議は一切却下!)。同じ男として、恥ずかしいというよりも、形容し
がたい猛烈な怒りを禁じ得ないのだ。
今回は、そんな『女を食い物/なぐさみものにする鬼畜ども』に対して、
俺が感じる怒りを書き殴りたい。
最近でこそ、雇用機会均等法等も多少は整備され、世間でもようやく男
女同権が意識されるようになったが、まだまだこの世は「男性優位」であ
るのが現状と俺は考える。
性犯罪者という連中は、その「男性優位」の考えを極端な形で具現化し
ている輩だといえるのではないだろうか。言いかえれば、『女は男の従属
物』という思想に立脚しなければ生きていくことすらできない、アイデン
ティティの貧弱なバカどもである。
しかもそんなヤツらに限って、行動基準は「己の本能を充足できるかど
うか」であることがほとんどだ。痴漢も、買春も、ひいては強姦も、全て
はその行動基準にのっとった結果の犯罪だ。
それが、俺には許せない。
かつて、ある日本酒だったか焼酎だったかのCMで、
「オトコはみんな、オンナの子供よ」
という台詞があった。俺が大変気に入っているコトバのひとつである。
いくら男が体力や経済力を振り回していきがってみたところで、所詮女に
かなうワケがないのだ。
なぜという理由は、上の台詞の通り。全ての生命は女から生まれるモノ
であるからだ。それに、男にできるコトで女にできないコトはまずない。
「オトコであるコトの優位性」なんて、どこにも存在しないのだ。
だから、全ての男は“生命の源流”である女性に対して、畏敬の念を持
たねばならない。少なくとも、男にはその義務があるはずだ。
唯一「分業」となっているモノが生殖行為だが、それにしたって男と女
ではその担当行為の重さが根本的に違う。
10ヶ月にもわたってその胎内に新たな生命を育み、多大な痛みを伴って
その生命をこの世に生み落とす女性に比べて、男の受け持ちは「種付け」
だけ。イイ気持ちになって欲求を充足し、それほど優れているワケでもな
い種をオンナの中にブチまけたら、後は知らんぷりというのが殆どの男の
実態であるように思える。
例え性犯罪に走るコトがなかったとしても、多くの月日を出産という大
事業に費やす女性の苦しみや大変さに想いをいたさない男は、それだけで
その深層心理の中に性犯罪者的因子を内包しているとも解釈できるのでは
なかろうか。
特に許すワケにいかないのは、やはり強姦である。痴漢や露出狂、児童
買春などといったその他の性犯罪ももちろん許しがたいが、強姦は中でも
ひときわ許しがたい犯罪である。女性の肉体を蹂躙するばかりではなく、
ひとつの独立した人格を土足で踏みにじり、精神を握りつぶす行為に他な
らないからだ。実際、何年か前に目白(東京都豊島区)界隈で、マンショ
ンの1F(特に角部屋)住まいの女性ばかりを狙ったレイプ魔に襲われた
女性の中には、精神に変調をきたしてしまった人もいたという話を聞いた。
関係者でもないのに、怒りのあまり暴れ回りたい衝動に強くかられた。そ
してその怒りは、犯人に無期懲役の判決が下された現在でも収まるコトな
くくすぶっている。
本シリーズのその1で取り上げた、光市(山口県)の主婦強姦殺人の時
も、12年前に世間を震撼させた綾瀬(東京都足立区)の女子高生監禁・コ
ンクリ詰め殺人事件の時も、犯人自身と、その人間の所業とは思いたくな
い残忍な行為に、表現しがたい激しい怒りを覚えた。もし犯人が今、俺の
目の前にいたら、遺族の代行としてブッ殺してやりたいくらいだ。
しかし、現在の刑法では、婦女暴行に対するもっとも重い量刑は「無期
懲役」。結局、犯人は生きて刑務所を出る、−すなわち“鬼畜は再び社会
へ放たれる”のだ。
そんな軽い刑でいいのか?肉体も精神も、ボロ雑巾のように全てを汚さ
れた被害者の心情を汲むなら、極刑でもまだ軽いくらいだ。
俺が法務大臣か、さもなきゃ独裁者なら、
『バイク泥棒とテロリストとレイプ犯は1審で死刑。控訴権利も剥奪』
と、刑法を改正したい。それも単なる死刑ではなく、被害者が味わった
と同じような屈辱を、犯人にもたっぷり与えて死刑にしてやりたい。
そのように刑法を改正するのが無理なら、せめて性犯罪者はその氏名を
公開にし、さらし者にするコトで、2度と社会復帰ができないようにして
やれないモノだろうか。折しも韓国では、青少年保護委員会によってこん
な決定↓がなされたらしいし(共同通信社ニュースより)。
「…援助交際やレイプなど未成年者に対する性犯罪で有罪判決が確
定した人物の身元情報を公開する方針を決めていた韓国政府の青
少年保護委員会は、170人の氏名、年齢、職業などを7月末に初公
開することを決めた。身元情報は同委員会のホームページ上に6
カ月間載せられるほか、官報などでも1カ月間公開する。…」
状況証拠だけで痴漢の濡れ衣を着せられてしまった人に対しては、救済
される道を用意するべきだと思うが、それ以外の性犯罪者に対しては、基
本的人権など認める必要は一切ない。むしろこれくらいのメに遭って当然
だ。
もし、ヤツらが俺たちと同じ『人間』だというならば、俺はすぐにでも
人間をやめたい。
このシリーズ、次回は『死刑の方法』について取り上げたい。今回の件
とも関わりを持つコトになるからだ(少し上をもう1度よく見てほしい)。
俺は、アムネスティの連中みたいに甘くはない。

