2001年5月
- Selfish Priority(2001/05/25訂補)
- 笑顔だけのバカはいらない(2001/05/25)

Priority−ヒトは生きていく上で、様々なシチュエーションにおいて、
自らの中に「優先順位」を規定する。社会とのかねあいや、自分を満たし
てくれるかどうか等を判定基準として。
しかし、その「判定基準」があまりにも利己的にすぎた時、人間関係は
あっけないほど簡単に、音も立てずに崩壊してしまう。
今回は、そんな話をしたい。
4年前のコト。ウチのカミさんとその友人(女)−仮にUとしておく−
の間で「海外までWGPを観に行こう!!」という計画が持ちあがった(休
みの取れない俺は、もちろん家でお留守番^^;)。
「どこがいい?」
「今年はムリだから、来年にしよう」
「やっぱイタリアがいーんじゃない?」
てなワケで、翌年「海外WGP観戦ツアー」に行くはずだった。だがそこ
で、Uから「今年だと金が貯まらないから、あと1年待ってくんない?」
という申し入れがあった。「ホントに貯められんの?」と訊いたカミさん
に対して、Uはこう答えた。
「大丈夫だよ!あたしを信じて!」
その言葉を信じ、カミさんは1年待つコトを受け入れた。そして、'99
年こそはツアーに行ける…はずだった。
ところが、観戦ツアーの申し込み時期が近づいてくるにつれ、Uはやた
らと「金がないから行けないかも…」などと口走るようになった。一方で
は「×××(←ウチのカミさんのコト)と一緒に行くのって、一種プレミ
アなんだよねー」などとは言っていたモノの、言外に「行けない」コトを
強くにおわせるようなメールが多くなっていった。傍目から見ていても、
その「行けない可能性」は、メールを重ねる毎に大きくなっているように
も思えた。
だが、どうせ楽しい思いをするなら、1人より2人の方がいいに決まっ
ている。カミさんも、
「いざとなったら私が貸してもいいからさ、一緒に行こうよ」
と、半ば呆れながらも最後の望みに賭け、彼女に対して精いっぱいの思
いやりを投げていた。
だが、彼女はイタリアには行かなかった。それも、
「あんたなら、あたしの状況を察してくれると思ってたけどなァ」
などという、逆ギレにも似た捨て台詞を残して。
その「逆ギレ」から1ヶ月経つか経たないかの頃。別の友人から、耳を
疑うような誘いが、カミさんのもとに訪れた。
「Uちゃんとかと一緒に仙台までライブ観に行くんだけど、一緒に行か
ない?」
Uは、2年以上も前からプランが立てられていた友人との旅行より、目
先にあるインディーズバンドのライブを選んだのだ。
Uにとって、10年来の友人関係とは、どうやらその程度のモノだったら
しい。何もかもがプツリと切れるにはそれだけで充分すぎた。
それは同時に、Uという人間の「底」をはっきりと垣間見た瞬間でもあ
った。「1年待って」と言われて、それを信じて待ち続けたその結果が、
この仕打ちである。
相手に待ちぼうけを食らわせることに、何の罪悪感も持ち合わせていな
い。そんな人間を、いったいいつまで待てというのか。もはや、Uを信じ
る余地はどこにも残っていなかった。
実はこの頃、Uはダンナとの間がうまくいっておらず、ほとんど家庭内
別居と言っても差し支えない状態になっていた。本人は、「離婚した時に
備えてひとり暮らしの資金を貯めなきゃ」などと言ってはいたが、その一
方で、Ozworldというインディーズバンドにずっぽりとイレ込んでいて、
そのライブにはほぼ毎回足を運んでいるという有様だった。しかも、ショ
ッピング等もガマンできず、キャッシングにも手を染めていたと、俺は後
から聞いた。
はっきり言ってしまえば、Uは、
「将来のために、今目の前にある楽しみをガマンする」
というコトのできない性分だったのだ。そんな自らの性格に忠実に行動
した結果、Uにとっては目先のライブの方が、10年来の友人との約束より
高いプライオリティを持つモノとして設定されたらしい。そして、それが
『あたしの状況』というヤツだったようである。
しかし、そんなの今さら明言するまでもなく「自業自得」でしかない。
そんなバカバカしい『状況』を、どうやって理解しろと言うのだろう。恐
らく、まっとうな神経の持ち主なら、理解などできようはずもないだろう。
少なくとも、カミさんと俺には理解できなかったし、そんなの理解などし
たくもなかった−いや、しようとすら思わなかった。
ましてや、先述の逆ギレメールで「あんたなら察してくれると思った」
と口走ったその舌の根も乾かぬうちに、
「順風満帆な人生を送ってるあんたに、あたしのツラい気持ちなんか
解らない」
などと支離滅裂な八つ当たり。そんな人間の言うコトを理解できるほど、
こちとら広い心の持ち主にはなれない。
確かに、辛い日常を生きているなら、その鬱屈した心情をライブで発散
したくなるのは解らないではない。だが、それにイレ込むあまりに日常を
おろそかにするのでは、本末転倒(あるいは単なる現実逃避)ではなかろ
うか。
だいたい、仙台までライブに行くにしたって、チケット代金や宿泊費、
往復の高速道路代、…それなりの金がかかるはずである。それをほんの少
しガマンして貯めていくだけで、イタリア行きはともかくとしてもひとり
暮らしのための費用くらいにはなったのではないかと思う。
恥ずかしい話だが、10年前、借金までこさえて鈴鹿にF1を観に行った
時、カミさん(当時はまだ結婚はしてません)から「年内に借金返すか、
それとも別れるか」と叱責された。俺は借金を完済するために、昼のバイ
トの他に隔日の夜勤バイトをこなし、どうにか年内に借金を完済できた。
体力的にも精神的にもキツかったが、生活をないがしろにして趣味に走っ
た自分のまいた種であり、誰も責められないのだからと自分に言い聞かせ
た。
何も、自分の行為を正当化したり美談にしたりするつもりはない。だが、
楽しい趣味も日常をないがしろにしては成り立たないのだ。Uにはそれが
解っていなかったとしか言いようがない。そんな人間の『状況』なんて、
100歩譲ってもやはり理解はできない。
趣味を否定するコトはできないが、さりとてその行動を肯定するコトも
できはしないのだ。
そもそも、友人関係とはいったい何なんだろう。
悩める時には相談にのったり、嬉しい時には喜びを分かちあったり、悲
しい時には慰めあったり、−そんなのが友人だと思っていたのだが、それ
は単なる理想論にすぎなかったのだろうか。都合のいい時だけさんざん利
用して、しかも自分に都合の悪いコトは指摘すらせずにほったらかしにし
ていてくれる、−それがイマドキの「友人」としてのあり方なのだろうか。
俺もカミさんも、裏切られたという屈辱を感じ、深い悔しさと怒りに震え
た(もっともUは「裏切った」などとは恐らくこれっぽっちも思ってはい
ないだろうが)。
つきあいの長さだけでは、友情の深さは測れない。互いをどれだけしっ
かりと理解しあえているのか、それが肝要だというコトを、この1件で心
に刻んだ。
以来、友人は選ぶようにしている。そして、自分は「選ばれる」側には
なるまいと、俺もカミさんも思っている。
その日を最後に、Uとはすっぱりと縁を切った。もちろん、向こうから
も連絡は一切ない。それどころか、こちらが電話しても、Uは一切電話に
出るコトはなかった。
きっと、2度と会うコトはないし、生まれ変わっても友人にはなりたく
ない。それが偽らざる心情である。

モーニング娘。が嫌いだ。
深田恭子が嫌いだ。
森口博子が嫌いだ。
優香も嫌いだ。
ついでに言うなら、山口もえと釈由美子と吉野紗香と榎本加奈子は死ん
でもらった方が世のため人のためだと思っている。
世間で人気のアイドルたちを見ていても、そいつらが何で人気なのかが
全く解らない。かわいいとも思えない。
その理由が、今回のお題である。
俺の人間の好みは、その性別を問わず、客観的に見て非常にうるさい。
「こんなヤツは嫌いだ」というのを列挙していったらキリがないくらいだ。
しかし、わけても俺が忌み嫌うのは、
1. 一般的知識や教養に欠ける人間
2. 知性のかけらもない人間
3. 感情の起伏に乏しい人間
4. 最低限の礼節をわきまえない人間
5. 男に媚びるかのような女
である(今回は、体型などの個人的好みに大きく左右されるファクター
は除外する)。
どんな人間がそれに該当するのか。解りやすく、芸能人を例としてみた
い。
1. 一般的知識や教養に欠ける人間
世界で今何が起こっているのかとか、それまで受けてきた教育や過ご
してきた生活の中で得るべき知識とか、そういったモノをまるで持ち合
わせていない、いわゆる『バカ』である。
情報化社会と言われて久しい昨今だからこそ、知っておくべきモノと
いうのが必ずあるのだ。それを知らずして生きていけるのは、子供のう
ちだけだ。いいトシをして、何も知らんようなヤツは、嫌いとかどうと
か以前に、俺に言わせれば生きる価値すらない。
芸能人でいうなら、様々なCMやバラエティ番組でそのオツムの弱さを
恥ずコトなく披瀝している釈由美子や、『ウリナリ総選挙』で「当確っ
て何?」と口走った濱口優(よゐこ)などであろう。
こーいったバカどもに人権認めてると、つけあがるからロクなコトに
ならない。とっとと抹殺しといたほうが社会的に良策だと思うのだが。
2. 知性のかけらもない人間
上記1.に該当しないまでも、表情や立ち居振る舞いなどがバカっぽく
見える人間は嫌いだ。それがもともとの顔のつくりに起因したりするの
であれば致し方ない部分もあろうが、そうでないのだとしたら同情の余
地はない(そういうキャラを演じる必要のあるお笑い芸人はともかくと
して)。
特に最近人気のアイドルなどは、これにあてはまるのが多いように思
える。そう感じるのは俺だけだろうか。
例えば優香。あのいかにもアタマの悪そうなキャラのいったいどこが
「癒し系」なのだろう。ひとまず、エプソンのプリンターを買おうとい
う気にはならない(笑)。
モーニング娘。にしても、ただ明るくやかましいだけの烏合の衆でし
かない。第一揃いも揃ってブサイクだし…(失礼。個人的好みは除外す
るんだったっけ)。もともとヤツらは『ASAYAN』オーディションの負け
組のはず。それを拾い上げて「逆転勝ち組」に仕立て上げたつんくの商
才がなければ、あんな連中が世に出るコトもなかったはずだ。
考えてみれば、おニャン子クラブが流行っていた頃も、俺はヤツらが
嫌いだったし、ヤツらに熱をあげてる同級生たちのコトも軽蔑していた。
若くて明るいだけがとりえの人間には、少なくとも俺は魅力を感じない。
3. 感情の起伏に乏しい人間
喜怒哀楽が顔に出ない人間は、見ていてイライラする。あるいは、何
を投げかけてもリアクションに乏しい人間も困りモノである。そう、例
えるなら深田恭子のようなタイプの人間だ。
以前『ニュースステーション』にゲスト出演した時に見ていたが、久
米宏が何を言っても、その表情は変わらないし、受け答えも殆どなかっ
た。久米宏のキャラが多分にオヤジくさく寒いせいもあったのだろうが
(笑)、それを差し引いても感情表現に欠けていると言わざるを得なか
った。
あまりに感情表現が激しすぎるのも問題だが、何を訊いても無表情な
ロボトミーのような人間はもっと問題だ。
4. 最低限の礼節をわきまえない人間
自分より「先輩」にあたる人間は、当然それだけ経験を積んでいるコ
トが多いのだから、本来は敬うべきではないかと思う(もちろん、中に
はそれに値しない人間もいるが)。例えば仕事。自分より年下であって
も、その業界において先輩であって、自分より高いスキルを持っている
ような人間には、それなりの礼節をもって接するべきだと俺は思う。
だから、榎本加奈子や吉野紗香のように、先輩に対してあまりにも失
礼な口のきき方をする人間は、見ていて非常に腹立たしい。横にいたら、
頭のひとつも張り倒してやりたいところである。
たとえプライベートで親しい間柄であっても、こと仕事となれば話は
別なはずだ。それをわきまえないような人間は、どれだけ優れた才能の
持ち主であっても尊敬には値しない。
5. 男に媚びるかのような女
なぜ「男に媚びる女」が嫌いか。
理由は単純。そういう女が、バカな男どもを増長させるからだ。そし
てそういう女に限って、自らの行為が女性の地位の向上の妨げになって
いるコトに気がつかない。それが俺には堪え難いのだ。
芸能界で、このタイプの代表となると、山口もえと森口博子に尽きる。
山口は、'00年のイタリア語講座(NHK教育)でアシスタントを務めてい
たが、その舌ったらずな喋り方といい、1語発音する度に小首をかしげ
てみせる仕草といい、もうその全てがいちいちカンに障った。もともと
マツモトキヨシのCMに出演していた頃からムカついてならなかったが、
イタリア語講座でその姿を見るにつけ、嫌悪感は加速度的に増していっ
た。たぶん今、目の前にいたらグーで殴るだろう。そのくらい嫌いだ。
森口博子を嫌いになったのは、'93年の『F1前夜祭』(フジテレビ)
がトリガーだった。その少し前に『笑っていいとも!』でA・セナ(故
人)にキスされて以来すっかり舞い上がり、にわかミーハーF1ファン
になった森口は、前夜祭出演時にもそのミーハーぶりを如何なく発揮し
ていた。そして、番組の中でJ・アレジに誘うかのような媚びた目つき
で秋波を送るに及んで、俺は「あ、コイツは死んだ方がいいな」と強く
思ったのであった。
男にすがる女は、女だけでなく男をもダメにする。決して男に媚びる
コトない強さを持った女こそが、女性の地位を高めるだけでなく、男を
育てるコトができるのだと俺は思っている。そういう意味で、上記の2
人はもはやその存在自体が許しがたい。誰か殺してきてくんない?(笑)
要は、自分から見て尊敬できるかどうか、というコトに尽きると言える。
高い知識や柔らかい物腰、自己を律するコトのできる強さ、−そんな「俺
自身にないモノ」を持つ人間に、俺は尊敬と憧れの念を持つのだ。
ヘラヘラ笑ってるだけなら、人間じゃなくてもできるのだから。

