2002年8月
- 僕らは夜つくられた(2002/08/30)

私事になるが、結婚して6年になる。が、まだ子どもはいない。
しかし、最近身のまわり(特にネット関係の友達)がおめでた続きとい
うコトもあり(笑)、うらやましさを微妙に感じたりもしている。
だが、そんなほのぼのした話題を、この『辻斬り』でするわけではない。
子どもという無垢な存在が誕生するために踏むプロセス、−「性」という
ものに対するヒトの向き合い方を、ちょっとつぶやいてみたい。
オトナは、子どもたちを「健全な環境」で育てようと、いつの時代も苦
心惨憺するモノである。
特に有害なモノの筆頭として必ずヤリ玉に挙げられるのが、ひと頃と比
べて圧倒的に世間に氾濫するようになった「性」というモノである。
コミック雑誌を開けば、少年誌の作品ですらキスシーンはおろかベッド
シーンが当たり前のように出てきたり、テレビではちょっと夜更かしして
れば、いくらでも女のハダカが拝める。
マンションのポストに投げ込まれる出張ヘルスのチラシ・小さな書店に
入ればレジの真ん前の棚にこれでもかと並べられている18禁雑誌の数々・
電車に乗れば向かいの席に座ってるオッサンの広げる東スポ(爆)…と、
数え上げればもはや枚挙にいとまなしだ。
オトナたちは、子どもたちの曇りのない目からそれらの「有害物質」を
遠ざけようと、あれやこれやの手を尽くす。
しかし、正しい情報を子どもたちに与えるコトすらせずに、ただやみく
もに全てを隠匿しようとしているオトナが、どれだけ多いか。それをなぜ
か最近思うようになった。
おおよその場合、「性」に関する情報において、世間のメインストリー
ムとして垂れ流されているモノは、ヒトの目を引くために誇張されていた
り、あるいはまやかしに満ちている、−いわば「嘘」の情報だ。
だが、そんな「嘘」に子どもが汚されるのがイヤならば、なぜオトナは
「ほんとう」の情報を子どもたちに教えようとしないのだろう。
正しいモノも嘘のモノも、何もかも全てのセックスを、「いやらしい」
「有害」のひとことで切って捨て、子どもを無菌培養しようとしているの
は誰なのだろう。
嘘はおろか、正しい情報すら身につけるコトなく育った子どもが、いつ
かふとしたきっかけで「性」に目覚め、オトナのドアを叩く時、彼ら子ど
もたちは、手近にある情報をまず真っ先に頼りにするだろう。それが、妄
想に裏打ちされた「誤った情報」であるコトすら知らないままに。
その結果として、男と女の間に、往々にして悲劇が生まれるというコト
までは、誰も考えないのだろうか。
そして、「性」を全て「有害なモノ」として否定するというコトは、す
べからく人間の存在自体を否定するコトでもあるのだ。
ごくごく一部の、医療行為(体外受精など)によって生まれる子どもを
除けば、全ての生命は生殖行為によって生まれくるモノなのだ。つまり、
性を否定するコトは人間を否定するコト−と、俺は思っている。
ひと頃、セックスシーンのあるマンガをことごとく「有害図書」呼ばわ
りしていたどこぞの市民団体だかがいたが、そういうヤツらに俺は問いた
い。
「セックスを有害だと、忌避すべきモノだとするなら、
セックスの結果として生まれてきた我々人間は、
すべて『忌避すべき汚れた存在』になる。
おまえも、セックスの副産物として生まれてきたにすぎないだろ?
(それは俺も同じだが)
つまりおまえは、自分の生まれてきた過程を否定するんだな?」
子どもがそんなところから「誤った情報」を得てしまうのがイヤなら、
それを「正しい情報」で導いてやればいい。それが親としての責務ではな
いのだろうか。
その責務を怠って「子どもに有害なモノをあてがう世間が悪い」かのよ
うにヒステリックに騒ぐような人間は、いっそ「性」以前の存在、−種に
でも還ってくれないだろうか。
確かに、「性」とは、あまりにもあけすけに大っぴらにする類のモノで
はない。
だがしかし、それほど必要以上に隠匿すべきモノでもないはずだ。

