2002年9月
     
  1. 迷走(2002/09/26)

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迷走


  1年前、世界中を震撼させた、アメリカ・同時多発テロ。
  あの日から、確実に世界において何かが変わったのは間違いないだろう。
 ただ、よい方向へ変わったとは到底言えないが。
  特に、被害者であるアメリカは、あまりに変わってしまったという気が
 する。良い印象など全くもてないほどに。
  今回は、「現在」のアメリカについてつらつらと書いてみたい。


  ブッシュ大統領が強引に推し進めようとしている「イラク空爆」。
  テロ支援国家と認識されているイラクに対しての制裁というのは解らな
 いでもないが、それにしても性急すぎるきらいがあるとしか言えない。
  事実、いち早くドイツは反対の意思を表明したし、他の先進諸国も慎重
 な行動をアメリカに求めている。
  にもかかわらず、何かに憑かれたかのようにアメリカは攻撃性をむき出
 しにして、テロ殲滅の大義名分を振りかざしてイラクへの攻撃にと傾いて
 いる。

  正直な話、テロ直後にはアメリカに対する同情も多少はしたが、今とな
 ってはもはやアメリカに対して肩入れしようという気には到底ならない。
 特に今年2月のソルトレイクシティ五輪以降、アメリカはあまりにも内側
 に向いていってしまっているように思う。

   国家主義?
   民族主義?
   国粋主義?
   愛国心?

  どれも合っているようで、微妙に違うような気もする。

  確かにあのテロ以来、国民の心には深い傷が刻まれてしまった。
  経済も低迷し、株価は回復の兆しすら見せない。

  打開したい現状が、あの国にはごまんと詰まっている。


  だが、その手段が「戦争」か?
  自分たちに擦り寄らない国の存在が都合悪いから、鼻につくから、目障
 りなモノをつぶしてしまいたいから、武力に訴えるのか?
  直接加害者であるタリバン・アルカイダに対しての報復攻撃については、
 まだ納得できる。だが、今回企てているイラク空爆については、甚だしく
 違うのではないかと思う。

  「俺たちは被害者だ。これ以上の被害を食い止めるためなのだから
   問題ないだろう」
  「アメリカこそが世界の正義の象徴なのだ。その正義に従わない者
   は討伐されてしかるべきだ」
  「国威発揚・復興のためには、アメリカ国民にとっての敵を討つべ
   きなのだ。それが現状打破のために必要なのだ」

  大方そんなところか。少なくとも、俺にはそうとしか感じられない。


  寝言もたいがいにしろと言いたい。世間はお前らが回しているワケじゃ
 ない。
  お前らの下らないプライドに巻き込まれ、振り回される国が多数存在す
 る。その迷惑を考えたコトがあるのか?

  万が一空爆が始まれば、この日本も否応なしに巻き込まれてしまうだろ
 う。また自衛隊が「国際協力」の名のもとに戦争に加担するコトになる。
  そして、イラク国内でも、爆撃されるのは必ずしも軍事施設や政府機関
 (=サダム・フセインのいそうなところ)ばかりではないだろう。国中の
 あらゆるところに爆弾は落とされる。そして、きっとアフガンと同じよう
 に、無関係な一般市民が巻き添えを食って生命を落とすだろう。

  広島でも長崎でも、朝鮮半島でも、ベトナムでも、アフガニスタンでも、
 「民主主義の正義」の大義名分のもと、多くの市民が犠牲になった。
  その悲劇に、何もアメリカは学んでいないのか?
  同じコトを、何度繰り返したら気がすむのだ?


  自分だけが正しいようなツラをして、恥ずかしげもなく地球単位のわが
 ままを押し通そうとする、そんな連中に同情なんてできない。
  もはや、去年同時多発テロをネタに『辻斬り』を書いた時とは、俺の想
 いもすっかり変わってしまった。


  いっそホワイトハウスに飛行機が落ちていたら、どうだったのだろう?
 もっとアメリカは誤った道へ踏み出していただろうか?


  被害者ヅラして論拠のないあやふやな正義を振りかざす前に、
  なぜ自分たちが「標的」になったのか、考えてみるべきではないか?

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