2002年2月
- 天使も聖者もこの地球にはいない(その2)(2002/02/07)
- 天使も聖者もこの地球にはいない(番外編)(2002/02/15)

母が彼岸へと去ってから15年。今の俺は、ささやかでも幸福な日常を手
に入れた。
そして、そんな日々が続く中で、生命の重さを実感する瞬間からもいつ
しか遠ざかっていた。
だが、まるでそんな俺の横っ面を張り倒し「目を覚ませ!」とでも怒鳴
りつけるかのように、現実世界は俺にまたも『生命』を突きつけた。
12月のある日。前日から風邪がひどくなり、とうとうダウンして家で休
んでいた。
19時半頃だっただろうか。カミさん以外の人間からの着信を携帯電話が
知らせる。電話の主は、オフでも親交のあるA氏だった。
「?珍しい…」と思いながら電話にでると、A氏の声は普段の明るさか
らは想像もつかないほどに暗かった。
そして、幾度も逡巡しながら彼が口にした言葉は、一瞬にして俺を凍り
つかせた。
ネットの友人でもあり、同じライダー仲間でもあるNくんが、帰宅中に
事故に遭って他界した…と、彼は告げた。
「………え?」
それ以上の言葉は、全て俺を置き去りにしてどこかへ往ってしまった。
昨日まであんなに元気だったじゃん。
あちこち弾丸みたくツーリングしてても、いつも無事に帰ってきた
じゃん。
大雨の名神高速でコケたっつっても、ぜんぜん無傷だったじゃん。
ウソだろ?信じらんないよ!
「明日の13時から告別式だ」と彼は告げた。
真っ白になったアタマのまま、それでも俺は会社に電話し、翌日の夜勤
の出社時間を20時からにしてもらった。
黒いネクタイを結び、コートをはおり、俺は電車に揺られて告別式の会
場へ向かった。「信じられない/信じたくない」という思いの裏側で、現
実を突きつけられることへの恐怖から、電車が1駅ずつ「そこ」へ近づい
ていく毎に、俺の心は沈んでいった。
告別式の式場についても、俺の心はまだ現実を受け入れられずにいた。
読経・そして焼香…。まだ「ウソだ」と、どこかで思っていた。
でも、参列者の最前列に『彼女』の姿を見たとき、徐々に現実は俺の心
をこじ開け始めた。
Nくんが「いちばん大事な相方」と言ってはばからなかったひと。
それまでの4ヶ月間、ネット上で2人の仲睦まじさを見てきたがゆえに、
遺された彼女の心を思うと、容赦なく侵入してくる現実を受け入れるより
先に、悔しさがつのってきた。
そして「最後のお別れ」。
棺の中に冥る彼の顔を見た瞬間、動かしようのない現実を突きつけられ
た俺の悔しさは完全に破裂してしまった。
「大事なひと、…置いてってどうすんだよ?…バカヤロー…」
許されるなら、その場で彼の胸ぐらをつかんで、揺さぶって問い詰めて
やりたかった。いっそ殴ってやりたかった。
Nくんとて、好き好んで彼岸へ往ったわけではないと解っているのに。
棺に手をかけたまま、俺はうなだれて泣いた。
遺されたものの悲しみと、遺していったものの無念を思い。
そして、彼を乗せた車を見送りながら、俺はまた考えていた。
「これも『天の配剤』と言うなら、俺は天を呪う。
なぜ、救われなきゃならない人間を救わなかった?
神様なんていない。どこにもいない。
…もしいるんならすぐにここへ降りてこい。今すぐに。
俺がブッ殺してやるよ!」
夜。
こんな時でも仕事に来なけりゃいけない自分を恨みながら、俺は思いを
めぐらせていた。
「もし自分が『彼女』の立場になったら、どうするのだろう」
と。
取り乱して泣き叫び、
天を呪い、
何もかもに絶望し、
…その先に何があるのだろうか、と。
その時、母の顔が浮かんだ。
そうだ。
俺は母の生命を、
まだ灯り続けるはずだった母の生命の灯を引き受けて生きているのだ。
遺されたものたちは、
往ってしまったものたちの生命の灯を、
引き受けて生きる義務があるのだと、
あの時俺は気づいたのではなかったか。
誰よりも永い時間を、自分の意志で生き続けるコトだけが、
自分を救う唯一の手段なのだ。
彼の生命によって、俺はそれを再び教えられたのだと、−今はそう思っ
ている。
いるはずもない神にすがっても、救われるはずなどない。
絶望の海に身を沈めても、やはり救われるはずはない。
永い永い時間の中で、灯が消えるその瞬間まで、自分の意志で生き続け
る。
血を吐いても、涙を流しても、泥を食らってでも。
生命の意味を教えてくれたひとたちに報いる手段も、自らを救いあげる
手段も、結局そこにしかないのだから。

これまでのこのシリーズで、俺はあらゆる神を否定してきた。
「神に救いを求めるコトはできない」「自分を救うのは自分だけだ」、
−その持論を展開してきた。
その延長線上にある『宗教観』について書いてみたい。
俺は仏教美術もフレスコ画も好きだが、それらは全て芸術としての鑑賞
対象でしかない。宗教そのモノに対しては、むしろ嫌悪感すら抱いている。
それはきっと、はるか昔から『宗教』というモノが、
・政を司り民衆を操縦するための道具
・戦争や領土侵略の口実
・国威発揚の手段
…として、いいように利用されてきたからではないかと、俺はそう思っ
ている。
実際、かつて学校で受けた歴史の授業で習った内容は、どれもこれもそ
のような内容のモノばかりだった。
わけても『戦争』(国威発揚も含んでいいかもしれない)は、宗教とい
うモノがこの人類世界に根付いてから、ずっと深く宗教と関わってきたコ
トが殆どのように思われる。
俺にとって、その代名詞ともいえるのが「十字軍」だ。その端緒の頃に
は、
「『聖地』エルサレムを、我らが手に奪還する」
という大義名分があり、参戦者の殆どは純粋にそれを考えていた…らし
い。
だがどうだろう。回数を重ねる毎にその大義名分は「有名無実」となり、
集団は「聖なる軍団」ではなく、単なる盗賊かテロリストの寄り合いにな
り下がってしまったではないか。
宗教が、人々に「救い」ではなく「悲劇」をもたらした格好の例としか
俺には思われない。
そして、この日本でも同じように『宗教』が、戦争や国威発揚と深く結
びついたコトがあった。…太平洋戦争だ。
あの頃、日本では天皇が「神」だった。その「神」の名のもとに、日本
の軍部は「大東亜共栄圏」という錦の御旗を掲げ、侵略戦争に邁進した。
日本古来の「神道」は、軍部によって狂信的カルトになったのだ。
その結果はどうだったろう。
日本の植民地にされたアジア諸国では、多くの民衆が様々な屈辱を受け
たり、大量殺戮が行われたりした(従軍慰安婦問題や南京大虐殺などはま
さにそうだ)。
一方、「大東亜共栄圏」のもくろみが破綻した後は、日本が悲劇の舞台
になった。各地に対して実行された空襲・沖縄の地上戦・そして広島/長
崎の原爆…。
それでも、必要以上の犠牲を払わされてもなお「神」−アラヒトガミの
名のもとに国民を欺き続けた軍部。
何が生まれた? …何も生まれなかった。
何が残った? …何も残らなかった。
生まれたのは悲しみと憎悪だけ。
残ったのは廃墟と累々たる屍だけ。
誰も救われなかった。
何も救えなかった。
人心を−民衆を救ってくれると思うからこそ、ヒトは神や仏にすがるの
ではないのだろうか。
にもかかわらず、その「神」はヒトを救わなかった。むしろ苦しみを深
く植えつけただけ。
そんな神を信じてすがるのが『宗教』だというのなら、そんなモノには
何の価値もないではないか。
俺にとっての『宗教』とは、ヒトを救うモノではなく、ヒトに悲しみと
災いをもたらし、ヒトの心を狂わせるモノでしかない。
何も、戦争に限った話ではない。戦後の日本を悪い意味でにぎわした、
数々のカルト宗教を考えてみればいい。
政教分離が憲法でもうたわれているこの国で、選挙の度に集票活動に血
道をあげる創価学会。
勘違い甚だしく総選挙にうって出て全員落選したのを逆恨みし、国家相
手のテロ活動に手を染めたオウム真理教。
ヒトの心の弱さにつけこみ、救いを求めて駆けこんだ人間から法外な金
をまきあげて私腹を肥やした法の華三法行。
『宗教』をうたっているヤツらが、果たしてヒトを救ったか?
答えはノーだ。
もちろん、全ての宗教がそんな悪辣なモノではないというコトくらいは
俺も認識している。
俺の古くからの友人にも敬虔なクリスチャンがいるが、決して他人に対
して、無理強いのように布教活動を行うコトはなかったし、俺が無宗教ど
ころか『宗教アレルギー』に近い症状だと知ってからも、それをなじるコ
トもなく、今もって友人づきあいを続けてくれている。
だが、それでも俺は思う。
ヒトを救わない神ならいらない。
そんな「神」にすがるのが宗教だというならいらない。

