2003年7月
     
  1. 悪しき狩人の魂はどちらに宿る(2003/07/12)

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悪しき狩人の魂はどちらに宿る


  先日、世間を震撼させた、長崎の幼児殺害事件。
  犯人がわずか12歳の少年ということで、何年か前に社会を未曾有の恐怖
 に叩きこんだ「酒鬼薔薇」事件以上の衝撃を、ある意味で世間は味わった
 と言えるだろう。
  何せ12歳。改正少年法ですら裁けない年齢のガキ(あえてこう呼ぶ)が
 自らの欲望のために、年端もいかない幼児をひんむき襲おうとし、挙げ句
 タワーパーキングから突き落として殺したのだ。
  犯罪の質すらも欧米に比肩してしまったこの日本の社会と、法律の無力
 さ加減に、暗澹たる気分になった人も少なくはないのではないだろうか。


  法の裁きの下に置かれないということは、今回の犯人は早晩日常社会に
 戻る可能性が高いということである。
  人をひとり殺しても、「少年」というだけで大人のような量刑を受ける
 こともなく、またのうのうと人生を送ることができるのだ。
  すでに何度か書いた気もするが、少年犯罪の被害者の無念さと怒りたる
 や、当事者ならざる身では量りようもないものだ。今回の被害者である子
 どものご両親が

  「未成年でも極刑に処してほしい」

  と振りしぼるようにコメントした心情は当然である。


  そんな中、防災担当大臣を務める鴻池祥肇が、閣議終了後の記者会見で
 こんなコメントを口にしたという。


  「(こういう事件では)嘆き悲しむ親の顔ばかりがクローズアップさ
   れて、犯人の親の顔は全く出てこない。保護者や担任教師・校長
   はみんな前に出てくるべきだろう」
  「勧善懲悪や節度の思想というものが、戦後教育であまりにも欠落
   している。そういう戦後教育を受けた人が父親や母親になってい
   る」
  「こんなことをしたらえらいことになる、と親に自覚させるために
   は、罪を犯した子供の親は全部引きずり出すべきだ」
  「加害者の人権を擁護する必要はない。子供が(未成年で出てくる
   のが)無理なら、親が出てくるべき」
  「(こういう事件を起こした犯人の)親なんか、市中引き回しの上で
   打ち首にでもすればいい」


  今日日の政治家には珍しい直言。TVの前で溜飲を下げた(あるいは快哉
 を叫んだ)人間は、俺ひとりだけではないと思いたい。
  できれば、親だけではなく、未成年だろうが何だろうが、本人も裁判に
 かけて極刑にしてもらいたいところ。ただ、さすがにそこまで政治家に求
 めるのは酷というものだろう。

  しかし、この発言に対してあらゆる方面から批判が噴出。鴻池は慌てて
 釈明をするハメになったのだが、俺はそれに対して
  「何とも及び腰な…」
  と思った。

  鴻池本人は、未成年犯罪者の親の「保護責任」についての意見として上
 記の発言を口にしたらしいが、俺としてはある意味で被害者遺族の心境の
 一部を代弁したものと解釈した。
  ただでさえ日本という国(の法律)は、被害者に対してはこれでもかと
 いうくらい厳しく、加害者に対しては必要以上に甘い。その状況を三権そ
 れぞれの頂に立つ者があまりに理解していないのではないかと思い、常々
 腹立たしく思っていた。
  そこへ今回の鴻池発言。
  「日本にもこんな直球勝負なコメントをする政治家がいたのか!」
  と思い、ついTVニュースの画面に向かって「よくぞ言った!」と叫んで
 しまった(笑)。


  だが、「上司」である小泉純一郎は、この発言を「不適切」と切って捨
 てた。
  評論家からは「論理がムチャクチャな上に時代錯誤」と罵られ、児童相
 談所職員からは

  「見せしめの制裁なんて恐怖しか生まない。まるで『魔女狩り』だ」

  と厳しく批判された。


  だが、鴻池発言を『魔女狩り』と断ずるのであれば、彼ら自身の発言そ
 のものも「コトバ狩り」にすぎないのではないかと思う。

  俺としては正直、年齢の如何を問わず、犯罪者(しかも人殺し!)にわ
 ざわざ人権など与えてやる必要がどこにあるものか、と思う。この点につ
 いては、鴻池発言に全面的に同意している。
  繰り返しになるが、被害者遺族・関係者の心情を考えたら、我が子を殺
 めた張本人がいけしゃあしゃあと我が物顔で闊歩する世界など認めたくも
 なかろう。鴻池はその気持ちを代弁したにすぎないと俺は解釈している。

  それを「打ち首」などという言葉尻をとらえてあれこれあげつらってい
 る行為こそが、「コトバ狩り」ではないか。
  鴻池という「魔女(男だから魔導士?)」を吊るし上げて狩ろうとして
 いるだけではないのか。


  極限とも言える状態の中で、建前こってりのヒューマニズムなど何の意
 味もないと俺は思う。

  鴻池大臣が『魔女狩り』の主導者だというなら、
  その言を断罪する者もまた『魔女狩り』の参加者にすぎないのではない
 だろうか?

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