2003年10月
     
  1. 公約≠必達目標(2003/10/27)

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公約≠必達目標


  ニュースでかまびすしく報道されていた通り、10月10日に衆議院が解散
 した。28日には総選挙が公示され、11月9日に投票らしい。
  解散直前に、野党勢力のトップ2である民主党(代表:管直人)と自由
 党(党首:小沢一郎)が合併(正確に言えば、民主党が自由党を吸収した
 形ではあるが)し、本格的に自民党(=小泉純一郎政権)の打倒を声高に
 アピールしだした。
  そして、マニフェスト−すなわち『政権公約』なるものをブチ上げ、政
 権を奪取した暁にはこれを実現すると息まいている。
  自民党も同様に、与党政権としてのマニフェストを掲げ、「民主党のよ
 うな野党にはマニフェスト実行能力などない。政権担当政党だからこそで
 きることがある」と、有権者に必死のアピールをしている。


  だが、その肝心のマニフェストの中身全ては、我々有権者には見えてな
 いのではないだろうか。ニュース番組でも、特に目を引く一部の内容ばか
 りが取りざたされ、他にどれだけのマニフェストをどの政党が掲げている
 のかはまるで伝わってこないというのが実情ではないかと思う。

  実際、報道されたマニフェストの中身で覚えているのは、民主党がウリ
 にしている「(一部を除いて)高速道路の通行料無料化」くらいだ。それ以
 外に、自民党や民主党がどのような美辞麗句で有権者を引きつけようとし
 ているのかは、少なくとも俺には見えない(お前がニュースをあまり見て
 ないだけだと言われればそれまでではあるが)。選挙公報でも出れば、そ
 れなりのものが見れるのかもしれないが。


  政治家の側としても、派手な花火が国民の目に触れないのでは困るとで
 も思ったのか、解散前に慌てて公職選挙法を改正して、演説会場などで紙
 ベースのマニフェスト配布が可能なようにした。
  だが、誰もが演説会場に足を運べるわけではない。平日仕事をしている
 会社員が、全員外回りの途中に新橋や新宿、あるいは梅田や栄や天神とい
 った「都心の繁華街」に立ち寄って政治家の街宣活動をウォッチできるわ
 けではない。(仮に)そういう場所でだけマニフェストをバラ撒いたとし
 ても、結局ごくごく一部の有権者の目にしかそれは触れないのだから、あ
 まり意味がないのではないだろうか。

  あるいは、身体の不自由な人など、演説会場まで出かけられないような
 人は、結局政見放送か、いいとこ新聞に折り込まれる選挙公報でしか情報
 を得ることしかできない。
  しかし「公共配布物」であるそれらのメディア(この場合、政見放送も
 電波によって配布されていると解釈する)には、どう頑張っても限界があ
 るのだ(与えられた放送時間や紙面スペースの制限による)。その中で、
 刺身の舟盛りよろしく色とりどりに並べられたマニフェストの全部を紹介
 することなど果たしてできようか。
  どうせ配布できるようにするなら、不動産や美容院のチラシみたいに、
 ポスティングが可能なようにしてしまえばよいのではないだろうか。少な
 くとも、某宗教系与党政党(笑)のように「工作員の個別訪問による投票
 要請」ではなく、単にポスティングするだけであれば何も問題はないだろ
 うと思う。それを見た上で投票するかどうか判断するのは結局有権者個人
 なのだから。


  また、公職選挙法が制定された当時とは、情報伝達のカタチがまるで変
 わってしまっているのだから、インターネットによる選挙運動もとっとと
 解禁にすべきではないのだろうか。ハガキや電話と違い、ウェブサイトで
 あれば、有権者が見る見ないを自由に選択できるのだから、何ら問題など
 ないはずなのだが。
  マニフェスト配布には血道をあげて、予定調和で解散する前に駆け込み
 で法改正までやった割に、もっと重要そうなそういった部分を改正しない
 のは、単に現在でもなお政治のメインストリームに立っている(と勘違い
 している)老醜そのものでしかない連中が「わしらにはパソコンなど使え
 ないのに、そんな改正をされたらわしらが不利になるではないか!」と往
 生際悪く食い下がっているからなのではないかとしか俺には思えない。

  …少々話がそれた感があるが。
  話をマニフェストのことに戻す。


  アルファベッドだと「manifesto」と表記する。
  これをexciteのテキスト翻訳にかけてみた。その和訳は、

   「 宣 言 書 」

  だった。


  いささかひねくれた見方をしてしまえば、あくまで「宣言」するだけで
 あって、それを必ず実現するというものではない…とも言える。
  与野党ともに、今回マニフェストを「選挙公約」と定義づけているが、
 選挙に際しての公約が選挙終了後に守られた(あるいは実現に移された)
 ケースは、国政/地方自治を含めても数えるほどしかない。政・財・官そ
 れぞれの「抵抗勢力」によって、実現を困難にさせられているケースもあ
 ろうが、結局のところほとんどは「集票のための見栄えのいい口約束」に
 すぎない。「公約」とは往々にしてそういうものになりさがっている。
  今回のマニフェストも、どちらが政権をとるにしろ、それが実現される
 などという甘い夢など、俺は少なくとも見ていない。


  壊滅寸前だった日産自動車を立て直した、ご存じカルロス・ゴーンは、
 社長就任時に立てた目標を、

   『Commitment(必達目標)』

  だと言った。
  必ず達成せねばならない目標である以上、それを達成できなければトッ
 プとしての責任をとって職を辞する、と彼は常々明言している。
  政治家の掲げる公約というものも、本来は『Commitment』でなければな
 らないものではないのだろうか。つまり、その公約が達成できないと判っ
 たなら、その時点で潔く自らの詰め腹を斬る…ということ。
  一介の私企業ではなく、国家を回す立場の者であるならば、それくらい
 の気概があってしかるべきである。


  目先の巧言令色に惑わされず、その行間を読み取り、
  誰が我々の生活のために最も動いてくれるのかを判断する。


  マニフェストというものが我々に突きつけた命題は、実はとてつもなく
 大きいものなのかもしれない。

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