2003年3月
     
  1. 法と犯罪と人権と(その8)(2003/03/07)  
  2. 手本を示せ。話はそれからだ。(2003/03/31訂補)

辻斬りオピニオンTopへ


法と犯罪と人権と(その8)


  今月は、はからずもこのシリーズで扱うべき話題が出てきた(正確には
 先月の時点での話題だが)。具体的に言うと、法律というよりは「警察」
 についてであるのだが。

  今回は、いっとき世間を震撼させた「あの事件」にかかわるニュースを
 もとに、警察と司法についてあれこれ語る。


  1999年10月、埼玉県桶川市で起きた「ストーカー殺人事件」。事件発生
 に至るまでの経緯からして明らかに刑事事件であるにもかかわらず、埼玉
 県警上尾署は、度重なる両親の訴えをことごとく黙殺し、犯人たちを野放
 しにし続けた。
  結果、詩織さんは白昼殺されるに至った。
  実行犯や周囲のザコはどうにか逮捕したが、実質の主犯である小松和人
 を捕らえることは結局できなかった(北海道で入水自殺)。
  その後公開された事件の調査報告書で、上尾署が調書の改竄等を行って
 いたことも明らかになった。つまり、全く動かず税金を食いつぶし続けた
 警察によって、詩織さんはむざむざ殺されるに至ったのだ。

  詩織さんの両親は、「適切に捜査が実行されていれば、殺人事件には発
 展しなかったはず」と、埼玉県を相手取って国家賠償訴訟をおこした。そ
 して、去る2/26にその1審判決が下されたのだが、


  …請求額の1億1000万円に対し、さいたま地裁が下した賠償額はわずか
 550万円。埼玉県警の捜査怠慢は認めたものの、それが結果的に殺人につ
 ながったという因果関係は否定したのだ。

  裁判官の目は激しく節穴のようだ。最初の中傷による名誉毀損の時点で
 捜査を始めていれば、その後の殺人事件への流れは確実に防げたであろう
 ことは明白である。警察が名誉毀損による捜査依頼を放置し続けたことで、
 小松ら実行犯の行動は日々エスカレートしていったのだから。
  名誉毀損ではそれほど長期の懲役にはならないだろうが、犯人たちが収
 監されているうちに、詩織さんを安全なところへ逃がすことだってできた
 だろう。その可能性すら潰したのは、まぎれもない埼玉県警の捜査怠慢で
 ある。
  しかし、さいたま地裁の裁判官には、そんな簡単な理屈さえ理解できな
 かったようだ。その結果が「捜査怠慢と殺害には因果関係はない」という、
 いわゆる警察の責任を全く問わない判決。詩織さんの両親ならずとも、

  「人の生命の値段はこんなものなのか?」

  との憤りを感じて当然であろう。訴えは東京高裁へ持ち込まれることと
 なった。2審こそは、埼玉県警の「殺人罪」を厳しく断じてもらいたいも
 のである。


  しかし、今回問題にしたいのは、その1審判決後に、埼玉県警本部長の
 茂田忠良が口にしたこの発言である。


  「調査報告書を書くにあたり、警察庁から『こんな報告じゃ世論が
   納得しない。警察にもっと非があったんだろう。それをちゃんと
   書け』と言われ、不確かなことも書いてしまった。何しろ県警は
   警察庁に対しては従順だから」

  「たぶん原告も、あまりお金を取れないとなると『ちゃんと多額の
   賠償金が取れると思ったのに、話が違う。やはり高裁に控訴しよ
   う』ってなるんじゃないか」


  …このニュースを聞いた瞬間、そのまま埼玉県警本部まで行って、茂田
 本部長を刺し殺してやろうかと思った。あれほど世間の非難の矢面になっ
 たにもかかわらず、捜査怠慢によって結果的に人を殺したという罪悪感も
 反省の色も全く見受けられない。


   上から言われたから、仕方なく報告書を書きました。
   遺族の人は、金目当てで裁判に持ち込んだのでしょう。


  まるでそう言わんばかり。市民を守るはずの警察が守っているものは、
 自らの属する組織でしかないらしい。
  茂田本部長は、その後発言の真意をもっともらしく釈明した上で、発言
 内容が不適切なものだったと認めた。だが、心底から反省しているとは到
 底思えない。むしろ、今回の暴言で「警察の本心見たり」と思った人が大
 半であろう。
  何しろ、今回の国家賠償訴訟において、県警側は自らの非を認めず、詩
 織さんが生前「遺書」代わりに自らの危機を訴える内容を切々と綴った日
 記を「妄想の産物」として切って捨てたのだ。死人にさえもムチ打ち、人
 間(=この場合一般市民)の尊厳より自らの保身に汲々とする税金泥棒ども
 の体質を裏付けるのが、今回の茂田の暴言であろうと認識できる。
  個人的には、茂田は詩織さんの遺族の面前で土下座した上で、その腐っ
 た腹をかっさばいて死んで詫びるくらいすべきだと思っている。少なくと
 も、人の尊厳を軽んじるような人間が、警察の要職の座に納まる資格など
 あろうはずがない。


  警察は「法の番人」のひとつであり、市民を守る「公僕」である。我々
 市民が何らかの犯罪等に巻き込まれそうになった時、自らの手で我が身を
 守るのにも限界がある。結局最後にすがるのは警察なのだ。
  それにもかかわらず、その警察が市民を守ってくれないのであれば、我
 々はいったいどのようにして「安全な生活」を確保すればいいのだろう。


  控訴審において、東京高裁が埼玉県警の責任を全面的に認めてくれるこ
 とを願う。そして、それによって埼玉県警が自浄作用を取り戻してくれる
 ことに、わずかながらでも期待したい…のだが。

  よほどのことでもない限り、失われた信用が戻ることはない。
  控訴審でも組織防衛に終始するようなら、埼玉のみならず全国の警察の
 信用は果てしなく失墜する、−埼玉県警はそれを肝に銘じ、控訴審におい
 ても真摯に対応すべきだ。

この文の先頭へ


手本を示せ。話はそれからだ。


  2002年9月にも取り上げた「イラク空爆に躍起になるアメリカ」。
  最後の良心で踏みとどまるかと、わずかばかりの淡い期待をしていたが、
 それはものの見事に踏みにじられ、爆撃が始まった。

  今回のイラク戦争について、思うところをありていに綴ってみる。


  前回の湾岸戦争のときは、イラクがクウェートに侵攻したのを制圧する
 という「大義名分」があった。それゆえ、国際世論もアメリカ支持が多か
 ったような気がするし、国内でのブッシュSr.大統領の支持率も90%を超
 える驚異的な数字をマークした。
  だが、今回はどうだろう。
  確かに、同時多発テロでアメリカは甚大な被害を被った。だが、その犯
 人はあくまでアルカイダであり、オサマ・ビン・ラディンであって、イラ
 クではないはずだ。
  にもかかわらず、

  「フセインは、隠し持ってい大量破壊兵器や生物化学兵器を捨てろ。
   それができなければお前らを潰す」

  と、なぜか武力でイラクに脅しをかけるアメリカ。
  生物化学兵器はともかく、大量破壊兵器はあくまで推測の域を出ないと
 いうのに、ある意味では言いがかりをつけて気にいらないものを殲滅しよ
 うとしているようにしか見えない。
  そこには何ひとつ「大義名分」などありはしない。いくら「世界正義」
 などと言っても、それがあくまで「アメリカ的正義」でしかないことは、
 よほどのバカでもない限りほとんどの人間が気づいている。
  (気づかないアメリカは「よほどのバカ」ということでもあろうか?)

  しかし「大量破壊兵器を捨てろ」と言うが、これに俺は激しい違和感を
 感じる。

  ならば、アメリカが持っている核ミサイルはどうなんだ。
  それらは大量破壊兵器にはあたらないのか。

  核弾頭を積んだミサイルの殺戮能力たるや、今さら口に出すまでもない。
 その破滅的スペックは、スカッドミサイルごときの比ではないはずだ。
  アメリカは、イラクに大量破壊兵器の廃棄を迫るのであれば、まず自ら
 核ミサイルをすすんで廃棄すべきではないのか。それができないのであれ
 ば、他の国の軍事装備に云々かんぬん口を出す資格などないのではないか。
 少なくとも俺はそう思っている。


  そして、空爆で犠牲になるのは政権中枢の人間ばかりではない。いくら
 ミサイルの命中精度が上がったと言っても、やはり多くの一般市民が犠牲
 になる。アラブのTVで流された、病院で治療を受ける市民の姿は、必ずし
 もイラク政府のプロパガンダ的な「仕込み映像」とは言い切れず、実際に
 負傷したり死んだりしている市民が絶対にいるはずだ。
  そして、今回の作戦には「Iraqi Freedom(イラクの自由)」という名前
 がつけられているらしいが、鼻で笑うしかない。
  お仕着せの自由のためであれば、一般市民をいくらでも犠牲にしていい
 というのか?バカバカしい。
  本当にイラク国民に「自由」を与え、フセイン一族を殲滅したいのであ
 れば、何もチンタラ戦車を連ねて地上戦を挑んだりする必要もあるまい。
 バグダッドの中心市街にMOAB(アフガン空爆で蛮名をはせた燃料気化爆弾
 「デイジーカッター」の超強力版)を数発ブチ込めばそれでこと足りるは
 ずだ。
  それをいたずらに長期化させるような戦略(をとっているようにしか見
 えない。イラク軍・民兵の予想以上の抵抗があったとはいえ、だ)を選択
 するというのは、自国の軍需産業を潤わせるための策略であるとしか俺に
 は思えない。トマホークやパトリオットミサイルといった「中規模程度の
 ミサイル」を多数使用すれば、その補充のためにミサイルメーカーが多数
 の受注を受けて業績が伸びる…、それがブッシュJr.の本当の意図なので
 はないかと勘ぐらざるを得ないのだ。

  さらに、毎日カタールの前線指令本部で繰り返される記者会見は、まる
 で第2次世界大戦中の日本軍の「大本営発表」を思わせる嘘くささに満ち
 ている。
  先述の通り、米英軍はイラク軍や民兵の思いもよらぬ反撃に遭い、未だ
 バグダッドを攻略しあぐねている(2003/03/31現在)。にもかかわらず「作
 戦は着実に進行している」などと、ことさら自らの戦績を強調する。その
 様はまさに「手前勝手な正義」を全世界に押し付け、その言動を正当化し
 ようとしているようにしか見えない。

  
  少なくとも、為政者の傲慢に市民を付き合わせる道理などどこにもない
 はずだ。いっそフセインとブッシュJr.でタイマンのケンカでもやってく
 れればそれでいいだろう、と思う。
  サダム・フセインが「アラブの独裁者」なら、ブッシュJr.はさしずめ
 「世界の独裁者」だろう。
  (だからといってフセインを擁護しようという気もさらさらないが)
  まず、こんな子供のケンカにも劣る理由で戦争を仕掛けるアメリカには
 もはや全く信用を置けない。


  かつてソマリア派兵の際に起こった「Blackhawk Down」事件のような出
 来事が今回のイラクでもいっそ起こってくれれば、
  …アメリカの目は覚めるだろうか?

この文の先頭へ




2003年2月へ      辻斬りオピニオンTopへ      2003年4月へ


i-mak!!トップへ