忍者・か行



陽炎(甲賀忍法帖
 
甲賀の忍者、卍谷十人衆のひとり。『甲賀忍法帖』で、少なくとも男にとっては一番危険な美女。
「面をうつ微風が、一羽の蝶を舞わせてきたとき、ふっと陽炎の息にふれたその蝶が、そのままひらひらと地上へながれていって、草の根にうごかなくなったのを、うしろからくる室賀豹馬と霞刑部がみたならば、彼らは愕然としたであろう。
 陽炎。―情欲が胸にもえたったとき、その吐息が毒気と変ずる女忍者!」(ノベルズp.136)
 おまけに彼女は甲賀弦之介を恋しているのです…それゆえに一度は弦之介を殺しかけさえします。彼女はこの忍法の力によって、一度は薬師寺天膳を倒すのですが、やはり生き返った天膳のために殺されることになります。
 また、彼女の忍法はその後の『忍法八犬伝』において、犬川壮助に「忍法地屏風」を教えたお蛍のものとして現れることになります。

風待将監(甲賀忍法帖
 
甲賀の忍者、卍谷十人衆のひとり。容貌は「瘤々したひたいや頬のくぼみに、赤い小さな目がひかって、おそろしく醜い容貌をしていた。背も、せむしみたいにまるくふくらんでいたが、手足はヒョロながく、灰いろで、その先端は異様にふくれあがっていた。手の指も、わらじからはみ出した足の指も、一匹ずつの爬虫みたいに大きいのだ」(ノベルズp.7)と描かれます。甲賀弾正からは「敵にみせてもまずさしさわりのない、いちばん手軽なやつ」と、見栄もあずかっての(?)酷評を受けますが、冒頭では柳生流の剣士五人を手玉にとっています。彼の忍法は、異常な粘着力を持つ唾液を使ったものです。
「シューッ……と奇妙なひびきをたてて、風待将監は糸を吹きつづける。つき出した口は、天をむいていた。そして、見よ、見よ、道をこえてむこうの杉木立へ、風か、息か、かぎりもなくみだれつつ、ながい糸が張られてゆくではないか。
 将監は杉の木からその糸にのった。ツツとそれをわたりつつなお吐く糸は、縦に横にななめにながれて、みるみるそこに巨大な蜘蛛の巣と人間蜘蛛が現出した」(同p.61)
 彼はこの蜘蛛の巣に、人別帖を奪取すべく襲ってきた伊賀忍者、筑摩小四郎、蓑念鬼、小豆蝋斎の三人を絡め取るのですが、蛍火の蝶を操る忍法により唾液の粘着力を無効とされて、奮闘も空しく倒されます。

果心堂(笑い陰陽師)

霞刑部(甲賀忍法帖
 
甲賀の忍者、卍谷十人衆のひとり。山田風太郎は『戦中派不戦日記』に5月12日付で、「アポリネール『オノレ、シュブラック滅形』を読み、大いに感服す。怪奇小説はここまでゆかねばウソなり」と記していますが、霞刑部の忍法はその記憶が生んだものでしょう、ずばり「滅形」と呼ぶのが適当なものです。
「壁から生えた二本の腕を中心に、古い壁になにやらうごめいている。まるで、巨大な、透明な、ひらべったい水母のようなものがのびちぢみしている。―それがしだいに壁面にもりあがってきて、そこにはだかの人間らしいかたちが、朦朧と浮き出してきた。寒天色の皮膚をした、毛の一本もない大入道の姿が」(ノベルズp.104)
 霞刑部はこの忍法によって何処にでも出没し、夜叉丸、雨夜陣五郎を倒したほか、如月左衛門と共に甲賀弦之介を伊賀の里から救出し、また一度は薬師寺天膳をも倒したのでしたが、不死の秘密を知らなかったために、生き返った天膳に殺されます。
 また、この滅形の忍法は、『海鳴り忍法帖』中の根来の忍法僧や、『魔界転生』中のフランチェスカお蝶などによって、度々登場することになります。

鴉谷笑兵衛(忍法忠臣蔵)

樺伯典(忍者月影抄
 
伊賀鍔隠れの忍者、公儀お庭番の一人。容貌については「黒頭巾に黒装束の姿」としか描かれていません。彼の操る術は「忍法鏡地獄」。鏡の中と外界とを自由に往来するという術で、それによって伯典は尾張宗春の肝を冷やしたりもしたのですが、この術はさらにスケールの大きい応用を許すものなのです。
「いうまでもなく、この野地の篠原にふる雨を、天地に張った水の紗とかえて、西からくる旅人に、彼らが通りすぎてきた背後の景観を映してみせた忍者だ。
 雨を巨大な水鏡と変ずる蜃気楼といおうか、その幻術もさることながら、同時に、さすがの御土居下組忍者檀宗綱の方向感覚をも惑わせて、依然東走すると思わせつつみごとに逆行させた魔力を何にたとえたらよかろうか」
(ノベルズp.234)
ちなみにこの忍法は、山田風太郎自身も好きな忍法だと言っておられます。
 かかる奇術を使う伯典は、夢を操る美形忍者・檀宗綱に夢の中で五度殺された末、あろうことか宗綱に惚れてしまい(^^;、相手を鏡の中へ引きずり込んでそのまま消えてしまいました。登場した時点でいきなり古今だか何だかの歌を朗唱していたところからも察するに、相当ロマンチックな忍者だった様子。宗綱のファンタスティックな忍法は、性質的になじむものがあったのでしょう。しかし、まったく二人きりで別世界ですからね。いやはや。



如月左衛門(甲賀忍法帖
 
甲賀の忍者、卍谷十人衆のひとり。お胡夷の兄。「丸みをおびた、あまりに平々凡々とした容貌」と記される顔形は、術のための伏線であります。彼の忍法は「変貌術」なのです。
「如月左衛門はかがみこんだ。そして、雨にぬかるむ地上に手をさしのべて、妙なことをやりはじめた。土をもりあげ、泥をかきよせ、そのうえを注意深く、きれいにならしたのである。それから彼は、夜叉丸のあたまをもちあげて、しずかにその泥に顔をうずめた。
 すぐに死体をはねのけると、泥のうえに面型がのこった。その面型は実に小皺まつげまでひとすじずつ印された精妙なものであったが、如月左衛門はそのまえにひざまづいて、おのれの顔を、じっとその泥の死仮面におしつけたのである。(中略)
 さらに数分すぎた。如月左衛門はしずかに顔をあげた。―その顔はまさしく夜叉丸の顔であった!」(ノベルズp.105)
 この忍法がもつ「敵に怪しまれない」という特長を生かして、如月左衛門は蛍火、朱絹を倒したものの、やはり不死の秘密を知らなかったために、薬師寺天膳の前に倒れます。
 また、如月左衛門の変貌術には、『風来忍法帖』における御巫燐馬の「忍法砂鋳型」のように、その後の忍法帖においてヴァリエーションが登場します。

木曾ノ碧翁(忍者月影抄

黄母衣内記

お桐(忍法忠臣蔵)

霧隠地兵衛



空摩坊(伊賀忍法帖
 
果心居士の弟子であり、松永弾正の配下となる忍法僧の一人。破軍坊とともに、忍法僧たちの中では最後まで生き延びます。
 虚空坊に扮した笛吹城太郎に刺されますが、最後は断末魔に苦しみながらも破軍坊とともに「
忍法火まんじ」で城太郎を苦しめ、さらには冥土の土産に漁火と交わりながら死んで行きます。

具足丈之進(柳生忍法帖

鞍掛式部(忍者月影抄

鍬形半之丞(忍法忠臣蔵)



お幻(甲賀忍法帖
 
朧の祖母にして伊賀の首領。若い頃には甲賀弾正と恋仲であったらしく思われます。彼女は鷹を操ることができ、その鷹が、彼女が甲賀弾正と相討ちになった後、伊賀へ忍者たちの名が記された巻物を運び、忍法争いの口火を切ることになりました。

 



お胡夷(甲賀忍法帖
 
甲賀の忍者、卍谷十人衆のひとり。同じく十人衆に属する如月左衛門の妹。その姿は「大柄で、肉感的で、すばらしい体だ。目が大きく、燦々とかがやき、遠くからでも花粉のような体臭が匂った」と描かれます。彼女の忍法は、吸血の術ならびに全身を吸盤と化する術です。
「一俵の塩がまっ赤なぬかるみとなるまでに吐き捨てられた血は、彼女〔お胡夷〕のものではない。小豆蝋斎の血であった。―この野性美にみちた豊麗の娘が吸血鬼とは―さしもの蝋斎が、思いもよらなかったのもむりはない。
 彼女は、口で血をすするばかりが能ではなかった。いま、彼女の肌に触れた蝋斎の掌がそのまま膠着してしまったのをみてもわかるように、一瞬、筋肉の迅速微妙なうごめきによって皮膚のどの部分でもが、なまめかしい吸盤と一変するのであった」(ノベルズpp.109-110)
 しかし、打撃を得意とする小豆蝋斎は倒せたものの、その後すぐ、体毛を針と化する忍者の蓑念鬼によって倒されてしまいます。このような組み合わせの妙が、『甲賀忍法帖』では最もよく生きているようです。

甲賀弦之介(甲賀忍法帖
 言わずと知れた『甲賀忍法帖』の中心人物、弾正の孫で、伊賀の首領お幻の孫である朧とは相思相愛の仲にある「甲賀ロミオ」。「どこか知性の匂いすらある秀麗な青年」と描かれる姿は、恋愛小説の主人公たるに相応しいと言えましょう。しかし、忍法争いによって、幸福だった筈の恋は悲恋へと転じます。弦之介の忍法は「瞳術」です。
「それは強烈な一種の催眠術であったといえよう。いかなる兵法者、忍者といえども、相手をみずして相手を斃すことはできない。しかも、弦之介と相対したとき、見まいと思っても、目が、弦之介の目に吸引されるのだ。一瞬、弦之介の目に黄金の火花が発する。すくなくとも、相手の脳裡は火花の散ったような衝撃を受ける。次のせつな、彼らは忘我のうちに味方を斬るか、あるいはおのれ自身に凶器をふるっている。弦之介に害意をもって術をしかけるときにかぎり、術はおのれ自身にはねかえっているのであった」(ノベルズ pp.122-123)
 要するに、彼にはあらゆる術が利かないということです。破幻の術を持つ伊賀の朧とはまさに好一対。しかし、忍法争いにおいて彼の術は、筑摩小四郎を相手に振るわれたのみで、その後は秘薬七夜盲のためにラストの直前まで封じられたままでした。忍法争いの最後に朧と戦い、心中とも言うべき死を迎えます。

甲賀弾正(甲賀忍法帖
 弦之介の祖父で甲賀の首領。若き日には伊賀の首領お幻と相愛の仲であったようです。が、忍法争いが始まるや、口から針(と言っても二十センチもある)を吹いてお幻を殺し、それと同時にお幻に胸を刺されて殺されます。

香炉銀四郎(柳生忍法帖

虚空坊(伊賀忍法帖
 
果心居士の弟子であり、松永弾正の配下となる忍法僧の一人。彼は常に、直径七尺はあろうかという巨大な傘を背負っています。虚空坊の忍法は、当然この傘を利用したものです。
「傘の内側が、凄まじいかがやきを発している。―その中に、半裸となったじぶん〔篝火〕の姿があった。
 鏡だ、と気がついたとき、その傘がフワと覆いかぶさってきて、彼女は失神した。―
 失われたのは彼女の意識ばかりではない。
忍法かくれ傘!
 笑うような声とともに、虚空坊はその傘をとじた。篝火の姿は、路上から消えていた―なんたる怪異、傘は篝火をとじこめたまま、ピタリともと通りの一本の長い筒となって、ヒョイと虚空坊の肩にかつがれてしまったのである」(ノベルズp.49)
 
何とまあ、四次元ポケットのように便利な傘でございます。この傘は単にものをしまうだけでなく、鏡面を利用した催眠術で柳生衆を翻弄し、また虚空坊がその上に乗って飛行することもできる優れものなのです。
 虚空坊は柳生衆と戦っている間に城太郎から背後を襲われ斬られますが、死ぬ前に黒衣の騎馬隊の正体を傘に託して飛ばすなど、しぶとい働きを見せました。

御所満五郎

お琴(忍法忠臣蔵)

お狛(笑い陰陽師)

金剛坊(伊賀忍法帖
 
果心居士の弟子であり、松永弾正の配下となる忍法僧の一人。腰に無数の扇をいつも手挟んでいます。彼の忍法はその扇を使ったもの。
「いまや大空に散った無数の扇の矢は、たたみ針のような凄じい長針を下へむけて、驟雨のようにふりそそぎつつあった。
 しかも、その速度の緩徐は千差万別ながら、扇の回転によるものか、地におちたときの針の威力を見るがいい。それはいずれも、針も見えないほど、ぷすうっと土にふかくつき刺さってゆく。(中略)
「みたか、
忍法天扇弓!」」(ノベルズp.45)
 が、金剛坊自慢の天扇弓も、首なし大仏の中という異様な場所では十分な効果を発揮し得ず、彼の首は大仏の左掌上にさらされることになったのでありました。


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